東日本大震災被災者支援プロジェクト

説教

東日本大震災11周年記念の祈り(主教座聖堂 仙台基督教会)

主よ、わたしの岩、わたしの贖い主よ。どうか、わたしの口の言葉が御旨にかない、心の思いが御前に置かれますように。アーメン

 

 

東日本大震災が発生してから、今日で満11年を迎えました。仙台市内中心部におりますと、新型コロナウイルス感染症は別にして、大震災の傷跡とか復興の状況というのは、ほとんど感じることがありません。しかし夕方のNHKローカル番組では、毎日、震災関連のニュースが1つか2つ放送されますので、11年たっても震災は終わっていないということを実感させられます。とりわけ太平洋沿岸の被災3県が発表している資料によりますと、今なお2,519人もの方々が行方不明のままですので、そのご家族にとっては終わるはずもないと言えましょう。

 

確かに物質的には、津波被害の大きかった沿岸部では、とてつもなく巨大な防潮堤が完成していますし、低い土地は更地にして、住民は高台に開発された土地に移り住んでおられます。将来また起こるかもしれない災害への備えとしては、当然の政策だと思います。けれども、これをもって復興だと果たして言えるのでしょうか。昨年夏のオリンピックは「復興五輪」というサブタイトルが付けられていましたが、何をもっての「復興」だったのでしょうか。

 

地震や津波によって破壊されたのは、家屋や社会インフラだけではありません。それ以上に地域社会の共同体が破壊されたのです。安全な場所への移転についても、地域共同体ごと移転できたところもあるでしょうが、それが個別に切り離されてしまったところもあります。私は27年前の阪神・淡路大震災を経験しましたが、震災後に起こった大きな問題は、被災者の方々が移転された復興住宅団地での孤独死の問題でした。震災前の交わりが断ち切られ、新しい交わりを構築する間もなく千数百人の方が孤独死しておられます。それは東日本大震災も同じで、昨年までの10年間に614人の方々が亡くなられているのです。

 

 

今でも続いているこのような状況に対して、東北教区の東日本大震災被災者支援プロジェクトが継続的に行っている、名取市閖上地区での「お買い物支援」活動や、福島県新地町の2か所で開催している「お茶会」などは小さな働きではありますが、共同体の交わり持続へのお手伝いとして、大切な働きだと言えるでしょう。

 

 

もう一点、私たちが心に留めねばならないことは、今年の2月25日現在で震災のために今も避難生活を余儀なくされている方々が、約38,000人もおられることです。そしてその中で約27,000人もの福島県民の方々が、福島県以外の場所に避難しておられることです。これは言うまでもなく、その大多数が東京電力福島第1原子力発電所の事故による放射能汚染が原因となっています。ことに原発から北西方向にある双葉町や浪江町では、いまだいほぼ全域が帰還困難区域に指定されています。徐々に避難区域に指定された所が解除されてきてはいますが、社会インフラが整備されていないこともあって、帰ることはなかなか難しいようです。そのような状況の中で、国や東京電力は処理しきれないトリチウムを含む大量の汚染水を、一定程度希釈した上で海に放出しようとしています。政府のホームページによれば「トリチウムは自然界にも普通に存在する放射性物質で、人体への影響もほとんどない」などと説明されており、安全性が強調されています。これは素人考えですが、政府が言うように安全なのであれば、放出になぜこれほどまでの反対があるのかなと思います。

 

しかし問題は、汚染水を海に放出するかどうかを含めて、原子力発電所の存在そのものにもあると言えるでしょう。私たちは長い間、原発の安全神話を刷り込まれてきましたが、このような事故が二度と起こらないという保証はどこにもありません。地球温暖化という環境問題も含めて、私たちは風力発電などの再生可能エネルギーの利用に大きく舵を切るときが来ているということなのでしょう。もちろんこれらの再生可能エネルギーにも、全く問題がないのかというと、必ずしもそうではないことも知っています。しかしそうであっても、今、私たちは未来の人や神様の被造物にとって安全な環境を受け継いでいく責任があると思います。

 

 

先ほど朗読された、マルコによる福音書第2章22節には、「誰も、新しいぶどう酒を古い革袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、ぶどう酒は革袋を破り、ぶどう酒も革袋も駄目になる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ」という御言葉が記されていました。今までお話してきましたことから言えば、「復興」とは物の復興も大切でしょうが、それ以上に一人ひとりの人を、そしてその関係を大切にすることで、初めて私たちの復興があるのではないでしょうか。また、地球環境を破壊するようなエネルギーの用い方ではなく、地球環境と共に在るエネルギーを用いていくようにすることが、この御言葉に従って生きることではないかと思います。

 

十字架の死に至るまで、私たち一人ひとりを大切にしてくださったイエス様に従って、東日本大震災11年目の時を、私たちにもできる仕方で、歩んでいきたいと思います。

 

 

父と子と聖霊の御名によって アーメン

 

 

主教 ヨハネ 吉田 雅人

 

(2022年3月11日 主教座聖堂 仙台基督教会にて)

主教 ヨハネ 吉田 雅人