東北教区東日本大震災支援室「だいじに・東北」

主教メッセージ

新しい希望に向けた一歩が始まりますように

主教 ヨハネ 加藤 博道

1893157もうすぐ一年が経とうとしていますが、東日本大震災への思いと取り組み一色の時間を過ごしてきたように思います。もちろんその中でも各教会の日常、礼拝生活は守り続けられ、雪も降り、季節は巡ってきました。

東北教区宣教開始百二十年の諸礼拝も、形を変えながら行い、この間に洗礼・堅信を受けられた方々も少なくありません。想像もしなかった非日常的な事柄と、一方での足を地に下ろした日々の営み。その両方が大切なのだと思います。ただし、普通の日常を回復したくてもまだまったくそう出来ない方々があまりに多くおられることを忘れないという条件付きですが。

高名なコピーライターの糸井重里氏の言葉と働きを先日、テレビが紹介していました(同氏のホームページにも同様の内容)。大震災のことに思いを馳せながら、「忘れないこと」「現地に立ってみること」、そして「忘れないために何か手がかり、足がかりとなるものを持っておくこと」、というような内容でした。
「忘れないでください」、「どうぞ一度来てみてください」ということは、実はわたしたちも同じことを言ってきました。そして日本聖公会全国の方々がその言葉を大事に思っていてくださいます。
三番目の何か忘れない手がかりを持っているために、糸井氏は気仙沼に同氏の新聞「ほぼ日刊イトイ新聞」の支社を立ち上げられました。そこが現地の人々との出会いの場、情報の発信源ともなるのでしょう。あまり肩肘を張らずに、ある意味では楽しみながら、それを始めておられるようです。
「忘れないよう」「一度現地に立ちながら」、そして何か小さいことでも「関わりの手がかりを持ってみる」、ということは日本聖公会全体にとっても、そして被災地から距離のある東北教区内の教会にも言えることなのだと思います。

大きな悲しみがあり、困難が続いていることは決して薄められるものではありませんが、せめてもの希望という点で言えば、今、わたしたちは教会としてかつてなかった経験をしています。これほど多くの各教区の信徒、聖職の方々、とくに青年たちが東北の地、東北の教会に来られたことはかつてなかったでしょう。日本聖公会の青年たちの間で「U26(ユージロー・26歳以下の青年という意味)」という新しい運動も始まったとか。大震災から直接のことではありませんが、「いっしょに歩こう!プロジェクト」にスタッフ・ボランティアとして参加している青年たちの働きと存在も小さくないと感じます。また逆にそういう新しい出会いの中で、「狭い日本」とはいいながら、ずいぶんと文化や風土、気質、社会状況が違うと感じることもあるでしょう。
どうぞそうした新しい経験や出会いの中から、被災地にとっても教会にとっても、新しい希望に向けた一歩が始まりますようにと、一年の初めに祈ります。

主教 ヨハネ 加藤 博道