教区報

主教コラム

欅並木から 第21回「ルイジアナ教区主教をお迎えして」

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東日本大震災被災地としては新地・磯山、また野蒜(東松島市)方面へご案内、合わせて松島で日本的な雰囲気にも触れていただきました。八戸聖ルカ教会の宣教120周年記念礼拝、行事へのご参加、仙台の聖ルカ幼稚園への式典ご参加等、そして17日(月)には2時間にわたって、ルイジアナ教区のご様子を力を込めて語ってくださいました。

 

そうした中でルイジアナ教区が現在「回復」recovery ということを宣教のテーマとしておられることを伺いました。主教自身が、すでに40人の刑務所に服役中の人たちに堅信を授けられたこと、アルコール中毒や麻薬からの回復のプログラムにルイジアナ教区が力をいれておられる様子を伺いました。社会状況の違いもあるとは言え、やはり教会の働きの積極性に強い印象を受けました。ハリケーンのこと、東北の大震災のことも合わせて、広い意味で「回復」―失われたものを再び生かしていくこと―は教会の中心的テーマなのだと改めて感じさせられました。

 

そうした教会の働きの背骨は「信徒」であること、また「執事」には社会の必要を教会に伝える重要な役割があることも語られました。「信徒・執事・司祭・主教」は決して身分の違いなどではない。みんな同じ「洗礼の約束」に基づいた平等の関係であること、ただそれぞれに独自の役割を持っているのだとも。

 

毎週、代祷の中で覚えているルイジアナ教区が、ぐっと身近になってきた数日間でした。これからも祈りあう関係を続けること、そして機会があれば、お互いに訪ねあい、交わりを続けることを約束してお見送りいたしました。

(教区主教)

あけぼの2016年12月号

欅並木から 第20回「ルイジアナ主教をお迎えします」

トンプソン主教プレゼント写真2005年の4月13日から19日まで、わたしたち―教区主教と信徒・聖職計10名はアメリカ聖公会ルイジアナ教区から、ニューオリンズにある主教座聖堂クライスト・チャーチの200周年記念礼拝にお招きいただいて参加してまいりました。ジェンキンス主教はじめ皆様から大歓迎を受け、特別な思い出となる訪問でした。

 

しかしその年、2005年8月に全米史上でも最大規模と言われるハリケーン・カトリーナがニューオリンズを中心にルイジアナを直撃、大災害となったことは皆様のご記憶にあると思います。わたしたちがホームステイでお世話になった瀟洒な街並みの美しい関係者のお宅も、すべて全壊しました。ルイジアナ教区の教区機能は他の街に避難移転。そこからジェンキンス主教は、大変な労苦をしつつこの大災害と向き合われたのです。「わたしたちは信仰に堅く立って揺るがない」という当時のメイルのメッセージは忘れられません。

 

2008年のランベス会議で再会し、その翌年には必ずご夫妻で東北を訪問されると言われていました。ハリケーンの時には東北教区は日本全体に復興支援募金を行い、約500万円近い献金をしていました。その感謝のお気持ちもあったと思います。しかしその後、再びハリケーンがルイジアナを襲い(これはカトリーナのような大被害にはなりませんでしたが)ジェンキンス主教は退任されました。

 
1892年に初めて青森にこられた宣教師、ミス・ジョージア・サザンはルイジアナ教区所属と言われます。その後、もちろんドレーパー司祭を通しての交流がありました。

 
ジェキンス主教の後継者モーリス・トンプソンJr.主教様も東日本大震災に思いを寄せてくださり、東北訪問を希望しておられました。このたび、それが実現することを喜び、皆様と共に歓迎したいと思います。

 (教区主教)

あけぼの2016年10月号

※東日本大震災の際にトンプソン主教から送られた、再生を祈る写真

 

欅並木から 第19回「祈祷書改正へ向けて歩み出します」

P3019601月に開催された日本聖公会第62(定期)総会では、大切な議案の一つとして祈祷書改正委員会設置の件があり、可決されました。今回突然ではなく、2年前の総会で準備委員会が立てられ、基礎的な検討を経て今回の正式な委員会設置となったものです。新しい祈祷書発行の見通しは2024年、8年後です。随分先とも感じますが、これはかなり短期間の作業と言えることで、相当集中していくことが求められます。

 

1990年、現在の祈祷書に変わる時には一般的には「文語」から「口語」へという言い方がされました。確かに目立つ変化であったかとは思いますが、改正のポイントは、従来以上に「教会が共同体であること」「信徒の参与」「世界に向かって開かれた宣教的な姿勢を持つこと(代祷の形等)」「感謝と賛美の強調」「従来以上に量的にも豊かな聖書朗読(旧約聖書朗読を加え、3年周期で朗読を配分)」といった強調点がありました。それらのことは基本的には変わらないことです。しかし歴史的などのような祈祷書でも完全ということはありません。それぞれの礼拝式の歴史、内容、神学(教会としての姿勢)、表現等を吟味し、21世紀を歩む日本の教会としてふさわしい祈祷書となるように、その意味では不断の努力が必要なのです。

 

2年間にわたった準備委員会は、「日本聖公会の祈祷書とは、信仰と生活を共にする人が、神に造られ、いのちを与えられた民として、キリストと共に旅路を歩んでいくために用いる祈りの書」と定義しました。当然のような表現ですが、全体に神の創造といのちの尊厳への眼差し、信仰が生涯の旅路であること、といった視点が含まれています。東日本大震災の経験も直接にではありませんが、反映していると感じます。わたしも担当主教となっています。丁寧な歩みとなるよう、どうぞお祈りいただければ幸いです。

 (教区主教)

あけぼの2016年9月号

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