教区報
主教コラム
礼拝堂探検隊 第26回「鐘」
皆さんはジャン・フランソワ・ミレーが描いた「晩鐘」という絵をご存じだと思います。
夕暮れ時の畑で働いていた夫婦が、農作業の手を止めて祈っている絵です。遠く絵の右上の方に教会か修道院の塔が見えます。恐らく夕方のアンジェラスの鐘にあわせて祈りを献げているのでしょうね。
礼拝堂に鐘を設置するようになったのは400年頃のノラのパウリーヌス(司教、貧しい人々に尽くした)によるものだと言われていましたが、585年頃トゥールのグレゴリウス司教が献げたものだそうです。
英国における最初の鐘は、680年頃にイタリアから持ち込まれ、八世紀にトルケトゥル修道院長がクロウランド修道院に7つの鐘を贈ったという記録があるそうです。9世紀以降、鐘は鐘楼に吊るされるようになり、修道院での使用が一般的になりました。
このような鐘の歴史からもわかるように、鐘の働きは礼拝の前に鳴らして人々を礼拝に招き入れることや、修道院や教会で定時の礼拝(修道院の三時間ごとの聖務時祷)の時に鳴らすことで、地域における時計の役割を持ったのです。
では、何回鐘を鳴らせばよいのでしょうか。アンジェラスの鐘は、聖ヨハネ修士会では3+3+3+11回、神愛修女会では3+3+3+12回でしたが、調べてみると3+3+3+9回でよいそうです。また葬送式の出棺時にも鳴らすことがあります。こちらはイエス様の逝去年齢にあわせて33点鍾という教会もあれば、逝去された方の年齢だけ鳴らすという教会もありました。
いずれにしても心を込めて人々にイエス様の愛を知らせることが大切なのでしょうね。
(教区主教)
礼拝堂探検隊 第25回「聖櫃/タバナクル」
前回、聖所灯についてお話しました時に「聖櫃」という言葉を用いました。これは「せいひつ」と読み、英語ではタバナクルと言います。聖別されたパン(聖体)を入れた容器(ピックスやシボリウム)を安置するための箱状の器です。聖別されたワインや聖油を入れることもあります。
タバナクルという言葉はラテン語のtabernaculum(テント/幕屋)に由来し、礼拝堂内の様々な天蓋付きの構造物の呼び名でしたが、特に祭壇の中央に置かれる箱に適用されるようになり、16世紀以降、保存聖体(reserved sacra-ment)を安置する箱のことを指すようになりました。
英国聖公会では保存聖体を用いて病床聖餐を行う聖職と、その慣習は聖書的でないとして認めない聖職がいました。しかし19世紀半ばから始まった「オックスフォード運動」以降、このような聖体保存は一般的になったようです。
日本聖公会では『1959年祈祷書』で、病者にあらかじめ「聖別された聖品」を奉持して授けることが認められました。そして2011年の「み言葉の礼拝と陪餐」式文の認可に伴い、司祭不在の主日礼拝で保存聖体を用いて礼拝することが認められました。
タバナクルは一般的には木で作られますが、金属製でもかまわず、その場合にはポプラや杉で内張をするようです。また設置場所も弘前のように主祭壇の上か、仙台のように至聖所内の壁に取り付けることもあります。
(教区主教)
礼拝堂探検隊 第24回「聖所灯」
聖堂に入ると、昼夜を問わず灯っている光があります。聖卓の上に灯っている赤いランプのことで、「聖所灯(サンクチュアリー・ランプ)」と言います。これは一体何のために灯されているのでしょうか。
この灯りはご聖体(聖別されたパン)が保存されているしるしで、十三世紀からの習慣です。ご聖体の保存そのものは古代教会時代から行われており、病気の方に捧持して聖餐に与らせるためでした。ご聖体を保存する容器をピックスと言い、それは聖櫃(せいひつ・タバナクル)と呼ばれる箱の中に安置されました。
この聖櫃の前に灯りをともす習慣は、英国では1240年にウースター教区のウォールター・ド・カンティループ司教が「ご聖体の前では昼も夜もランプが燃えていなければならない」と命じたことによるそうです。
東北教区の多くの教会には聖櫃がありますが、聖櫃そのものがない教会もあります。また聖櫃があっても聖体を保存していない場合もあります。にもかかわらず聖所灯は灯っている・・・。そもそも聖所灯は、「ご聖体が保存されているから敬意を払いなさい」との注意を促すしるしです。ですから常時ご聖体を保存していない場合には、聖餐式を行う時に点灯し、それ以外は消しておくのも方法かもしれません。
しかし聖所灯に与えられた意味を再解釈することが許されるなら、次のように考えることもできるでしょう。即ち聖所灯が灯っている場は、「あなたのために与えられた主イエス・キリストの体」を覚えて主に感謝する場、主と一つに結ばれる場です。このことを憶えて、主に一歩一歩近づいていきたいと思います。
(教区主教)