主教室より

主教メッセージ - 2019年の記事

2019年 新年メッセージ「わたしにできることを献げます みんなで力を合わせて献げます」

 主イエス・キリストのご降誕をお祝いする期節から、異邦人にもその栄光を現された顕現節へと移るその最初の日、1月6日の顕現日の特祷は「星の導きによって、独りのみ子を東の博士たちに現された神よ」と祈り始めます。

 

 

キリストと3人の博士 「東の博士たち(口語訳)」というと信頼できそうですが、新共同訳聖書では「東の方から来た占星術の学者たち」で、何となく怪しげな感じがしませんか。彼らはバビロン出身の異邦人だったのですが、神様は彼らにもキリスト=救い主の顕現を、占星術の学者たちにとってはなじみ深い「星」を用いるという仕方でお知らせになりました。

 

 マタイ伝はこの時の様子を、東方で見た星が・・・幼子のいる場所の上に止まった時、「彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた」と記しています。(2・1~12)

 

 黄金、乳香、没薬。これらはいずれも高価で、特に乳香と没薬は貴重な輸入品でした。乳香は神殿祭儀のほか、防腐剤として、没薬は結婚式の時の香料や埋葬の際の芳香剤であり、宗教的な表敬の贈り物でもあったそうです。

 

 異邦人だった「占星術の学者たち」が、これらの貴重なものを、人間が居るべき場所ではない所、生まれたての赤ちゃんが寝かされるような場所ではない飼い葉桶に寝ている幼子に、「献げた」のです。

 

 

 この「献げる」という行為は、私たちも主日礼拝の中(信施・供え物)で、また日常生活の中(日々のお祈り)で行っています。私たちの献げものは、見た目には「占星術の学者たち」のような高価で貴重なものではないように思えるかもしれません。

 

 私たちが聖餐式の中で必ず献げるのは「供え物」すなわちパンとぶどう酒です。これは主イエスが最後の晩餐の時に、「わたしの記念としてこのように行いなさい」と命じられたこと基づいています。そしてこのパンとぶどう酒はまた、大地の実り、私たちの世界と生活、私たちの毎日の手の業と苦労をも意味しています。すなわち私たちの生活のすべて、私たちの人生、私たち自身を献げるのです。

 

 

 昨年の教区会で5年・10年展望会議から、「東北教区宣教方針」が報告されました。方針は2つで、「献げること・開くこと」です。「献げること」では次のように述べられています。「わたしにできることを献げます、みんなで力を合わせて献げます」。

 

 では、わたしにもできる献げものとは何でしょうか。この1年、そのことを探し求め、私にもできるものを、皆で力を合わせて献げていきたいと思います。

 

主教 ヨハネ 吉田 雅人