東日本大震災被災者支援プロジェクト
説教
東日本大震災14周年記念の祈り(主教座聖堂 仙台基督教会)
希望のイエスさま
主よ、わたしの岩、わたしの贖い主よ。どうか、わたしの口の言葉が御心にかない、心の思いが御前に置かれますように アーメン
本日も皆様に神様の祝福がありますように!
2011年3月11日は、私たちが未来永劫忘れられない記憶となっています。否そうでなければならないのです。
毎年何処で大規模な自然災害が次々と起きています。昨年は1月1日に能登半島地震が発生して私は震えおののきました。今年は、大船渡で森林火災、山火事です。まったく酷い体験をさせられています。
大船渡三陸町綾里(しょうり)地区は2011年東日本大震災で、最大40.1mの巨大津波に襲われており、27名が亡くなっています。高台に家を再建している方々が、今度は山火事に襲われました。綾里は、1896年の明治三陸大津波で、当時史上最高となる38.2mを観測していました。
綾里の中心地区は港地区ですが、1933年の昭和三陸津波の被害に遭い、高台に家を建てた人たちも多いそうです。今回山から火に見舞われました。「二重苦」「二重の辛苦」と新聞は書いていますが、私は「三重苦」だと思わされています。それは消失した家の隣に、火災を免れた家が無傷で建っているからです。残酷な風景です。やるせない気持ちになります。どうしたらいいの、と途方に暮れ、言葉が見つからないと語る人たち、これは「三重苦」です。
東日本大震災のあとには、このように苦しんだ人たちは30万人いやそれ以上もおりました。佐藤清吾さんもその一人です。
先月2月15日(土)、原発のない世界を求めるZoom caféのスピーカーに清吾さんに登場していただきました。私は、石巻市北上町十三浜大室の災害復興住宅団地で、6年前に新築された清吾さんのご自宅に押し掛けて、2人でオンライン中継をしました。
ご存じでない方のために簡単に清吾さんを紹介しますと、彼は1941年生まれの83歳です。大震災で被災され、妻とお孫さんを亡くされました。当時彼は十三浜漁港代表理事組合長、宮城県漁協経営管理委員会委員でした。私たちいっしょに歩こう!プロジェクトは、日本福音ルーテル教会の支援プロジェクト「となりびと」との協働で、十三浜の在宅被災者支援をいたしました。
清吾さんは、打ちのめされ生きる力を失っていましたが、私たちや多くのボランティアさんたちが一生懸命話してくれたり、お手伝いくださったりする中から、これではいかんとやる気を取り戻せた、これも皆さんのお蔭です、と感謝されました。笑顔の清吾さんが復活していきました。
Zoom caféでのお話しは、もう30年以上も前から一人でも「脱原発」をしてこられたのは、漁師の仕事ができなくなる、生活を奪われる、海・地球環境を汚染する、そして何よりも魚や人間の生命を将来的に滅ぼすからだ、という人が生きる、暮らす上での大問題、大障害だからダメだ、という明確な信念によると語られたのは、非常にインパクトのある訴えでした。
私は、Zoom caféの打ち合わせに1月27日にお邪魔したのですが、途中にある震災遺構となった大川小学校に、久しぶりに立ち寄りました。犠牲となった74名の小学生と10名の先生の記念碑が建てられていましたので、手を合わせ光明と平安を祈りました。
つい2日前の9日、柳城女子大学の先生方や卒業生たちと現役生たち御一行が、主日に被災地訪問されました。私たちは磯山聖ヨハネ教会でお迎えしました。
その朝、水曜喫茶にずーっと通っていた佐々木恒子さんの訃報を聞かされて、言葉がありませんでした。その日に通夜、翌日つまり昨日ご葬儀を営むというのでした。これが現実です。
私はご一行歓迎の挨拶どころではなく、これが14年の現実と話すしかありませんでした。東京電力福島第一原子力発電所の爆発で拡散した放射性物質の汚染から避難された、浪江町、南相馬市の人たちの応急仮設住宅で、いっしょに歩こうプロジェクトはお茶っこ会を催しました。その初めから通ってこられた恒子さんでした。
彼女の口から私は無念の言葉を一度だけ聞いたことがあります。
彼女は、浪江町の住民が提訴した「損害賠償訴訟」の原告の一人でした。農家や漁師さんたちの家は大きくて立派な屋敷が多いですが、彼女の家もそういった部類で、しかも数年前に新築したばかりでした。それが原発の放射能によって避難を余儀なくされ、住まわれなくなったのです。「私はとっても悔しいの、腹立つの、もう戻られないし、なんもできんの」と、強い語気でした。
2022年原発のない世界を求める週間で、インタビュー・ビデオ出演してもらってしています。その時、彼女は言っていました。「ほんとうの私らに良くしてもらって、有難い、有難い、」と感謝だけ口にしていました。
彼女の死は、いわゆる震災関連死だと思います。故郷を追われた人の死です。今日のニュースでは震災関連死を含めて東日本大震災の死者は22,000人を超えています。
柳城女子大学の学生さんたちは、代々、水曜喫茶にパウンドケーキを13年間送り続けてくださいました。昨年秋にその愛情たっぷり込められたケーキづくりを完了し、一区切り最後にしますというので、水曜喫茶に集う人たちとスタッフは9月11日の集まりで、大きな感謝を胸に御礼の気持ちをプラカードにして写真を一枚撮って、返礼にしました。
一行は、私たちのために練習して来られたハンドマッサージを施してくれました。バルーンアートの3人娘たちがおもしろおかしく作品を作って、私たちにプレゼントしてくれました。
最後に、祈りの庭で、私たち東北教区が毎月祈り続けてきた、「東日本大震災を憶えて 午後2時分の黙想」の式文を用いて、福島県新地町埒浜地区での7名の犠牲者と、新地町119名の犠牲者を憶えて祈りました。一行は前日に、ふじ幼稚園に寄られていましたから、亡くなられたグレース中曽順子さんのお名前に涙していました。
このような最近2か月を私は過ごしています。
ローマの信徒への手紙5:4-5のみ言葉を聞いて、私たちの励ましと拠り所としたいと存じます。
「そればかりでなく、苦難をも誇りとしています。苦難が忍耐を生み、忍耐が品格を、品格が希望を生むことを知っているからです。この希望が失望に終わることはありません。私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。」
この神様の愛を分かち合う人になれますようにと、皆さんお互いに祈り合ってまいりたいと思います。そのような人を神様はお喜びなさいます。
最後に、世界中で起きている紛争や戦争の犠牲者、そして様々な自然災害、特に東日本大震災と熊本地震、北海道胆振東部地震、能登半島地震・豪雨そして大船渡の山火事で亡くなられたすべての方々の魂の平安のために祈りましょう。また、今現在、言うに言われぬ苦しみや悲しみを背負う人たちに、神様の豊かな慰めと、人々の寄り添いと思いやりが届いますように祈りましょう。
父と子と聖霊のみ名によって アーメン
主教 フランシス 長谷川 清純
(2025年3月11日 主教座聖堂 仙台基督教会にて)