東北教区東日本大震災支援室「だいじに・東北」

説教

東日本大震災7周年記念聖餐式説教

小さなものこそ大切にされる

 

主教 ヨハネ 吉田 雅人

 

本日は、東日本大震災が起きて7年目を迎える記念の日です。その大切な日に磯山聖ヨハネ教会を巡回し、磯山の皆さんとご一緒に祈りの時を持てますことを、主なる神様に感謝したいと思います。

 

最初に、少し個人的な思い出話になりますが、私が磯山聖ヨハネ教会を初めて訪れたのは、今から40年前、1978年の9月初めのことでした。当時、聖公会神学院の3年生だった私は、同級生と2人で、南北海道・東北伝道旅行という企画を立て、東北教区では室根ナタナエル教会と磯山聖ヨハネ教会に一週間程度住まわせていただいて、礼拝を守る、近所の子供たちに呼びかけてキャンプなどをいたしました。そのときお世話になったのが、ときわ旅館の三宅 實さんとよしみさんご夫妻でした。私たちは教会の中に住まわせていただいたのですが、三宅さんが細かいところまで気を配ってくださいました。今から考えると、ずいぶんご迷惑をお掛けしたなぁと思います。

 

それから20数年たち、私は京都のウイリアムス神学館で館長をしておりました。東日本大震災が起きた時、私は「ウォー」という神学生の叫び声を聞き、テレビのおいてある部屋に降りて行きますと、テレビには、津波が畑や名取川を遡上していくありさま、その前を必死に走る自動車の映像を映し出していました。今まで見たこともなかったその有様は、私だけでなく一緒に見ていた神学生たちを、慄然とさせたものでした。その年の7月には、神学館のフィールド・ワークとして神学生全員を連れて被災地に入り、ほんの少しですがボランティアとして奉仕させていただきました。その中で、確か40歳以上の人しか相馬郡には入れないことになっていましたが、私はもちろん磯山を訪ねました。すでに三宅さんご夫妻は亡くなっておられたことを聞いていましたが、どこかでお二人の面影を見出そうとしていたように思います。

 

しかし、震災から5年を過ぎていきますと、私が生活していた京都(関西・西日本)では、被災者の皆さんのこと、被災地のこと、原発事故のことを毎朝夕の礼拝や主日聖餐式の時に代祷では覚えますが、少しずつ自分の意識から遠のいていっていたように思います。とても恥ずかしいことですが。

 

昨年11月30日、東北教区に着任した後、最初に小名浜聖テモテ教会の越山健蔵司祭を訪ねました。越山司祭は私に、「常磐自動車道を通って来るように」と、アドヴァイスをくださいました。ご存知のように、この高速道路は原発事故を起こした福島第一原子力発電所の近くを通っているからです。実際に自動車で走って見たことは、高速道路沿いに汚染土を入れた黒い袋が、たくさん積まれていました。また道路沿いには放射線量計があちらこちらに設置され、そのいずれもが2マイクロシーベルトを超えていました。それに驚いていると、反対車線からボンネットに「汚染土運搬中」と記したトラックの隊列にすれ違いました。

 

これらを見たとたん、京都では頭ではわかっていても、意識から遠のいていた現実が、まさに現実のものになったのです。当たり前のことですが、まだ震災は終っていないと。

 

今、被災地で起きていること、求められていることの一つは、バラバラになった共同体を結び合わせることではないかと思います。地震・津波・原発事故によって崩壊させられた共同体は、なんとか仮設住宅という形で幾分でも保っていました。しかし仮設住宅から復興住宅に移転していく中で、また分離が起こっています。23年前の阪神大震災の時もそうでしたが、せっかく復興住宅に移れても、そこで起きたのは高齢者の孤独死という問題でした。教区の東日本大震災支援室の働きの一つは、仮設住宅から復興住宅に移った方々の「居場所」を用意するというものです。とても大切な働きだと思います。

 

また、今日は東北教区内の12の教会で、「同じ時に 想いを一つに 皆で祈りを」をテーマに、午後2時30分から46分にかけて、「午後2時46分の黙想」という祈りの時を持つことになっています。

 

この計画を2月の主教会で報告しましたら、他の教区の主教様方が、ぜひその祈りの時を一緒にしたい、式文を送って欲しいとおっしゃってくださいました。そこで管区事務所を通して、日本聖公会の全ての教会に、今日の午後2時半から用いる式文が送られました。日本聖公会の思いを同じくしてくださる諸教会が、同じ時刻に、同じ祈りの言葉で参加してくださることになっています。

これらの働きは、そのどれもが小さく見えるものかもしれませんが、でもとても大切な働きです。

 

本日の福音書の中で、少年の持ってきたパンと魚を見た弟子のアンデレは、「こんなちっぽけな量では、こんなに大勢の人には、何の役にも立たないでしょう」と言いましたが、イエス様はその少年の献げた小さなパンと魚を祝福し、それを用いて多くの人を癒されたのです。

 

それと同じように、私たちの小さな祈りの力が、私たちと共に祈る小さな人々の祈りの力が、最も大きな力になるのです。イエス様は私たちの小さな祈りを用いてくださるのです、震災のこと、被災した人々のこと、亡くなられた一人ひとりのことを憶えて祈る。それはこの地に活きている人々にとって、覚えていてもらえることを、祈られていることを、そのことを実感できるとき、必ずイエス様がそれを私たちの生きる力にしてくださるからです。そのことを信じて、今日もまた、ご一緒に歩んで生きたいと思います。

 

父と子と聖霊の御名によって アーメン

 

(2018年3月11日・磯山聖ヨハネ教会にて)