東北教区東日本大震災支援室「だいじに・東北」

説教

東日本大震災8周年記念の祈り説教

午後2時46分の黙想 −同じ時 想いを一つに 皆で祈りを−

すべての逝去者、困難のうちにある方々を覚えて

主教 吉田 雅人

 

主よ、わたしの岩、わたしの贖い主よ、どうか、わたしの口の言葉が御旨にかない、

                        心の思いが御前に置かれますように、アーメン

 

 

 東日本大震災が起きてから、今日で満8年がたちました。今年もそのことを覚えて、「同じ時 思いを一つに 皆で祈りを」共にできたらと、東北教区から日本聖公会のすべての教会に呼びかけさせていただきました。ことに管区事務所のご協力をいただきまして、今日、用いている「8周年記念の祈り」式文を日本聖公会のすべての教会送っていただきましたし、実際に東京教区主教座聖堂、聖アンデレ教会からは、同じ時、同じ式文を用いて祈りますというお知らせをいただきました。

 

 さて、今回、この集いのためにどのような聖書の箇所を選ぼうかと悩んだのですが、先ほど拝読していただきましたマルコ伝10章46節からの「バルティマイの癒し」のお話は、すでにお気づきのように、「一緒に」とか「呼んできなさい」「イエスに従った」という聖句がキイワードになっています。ご承知のように東日本大震災の支援活動は「一緒に歩こう・・・」をスローガンに始まりました。多くボランティアの方々が、親族友人をはじめ多くを失い、悲しみの内にあった被災者の方々と、「一緒に」歩んでくださったことと思います。

 

 私と家族は、24年前の阪神淡路大震災で被災しました。大きな揺れのさなかに、神戸聖ミカエル大聖堂の鐘が、カーン、カーンと澄み渡るように鳴っていたことを、今でも鮮明に覚えています。当時は神戸教区で専任の主事をしていましたので、全国から送られてくる支援物資の受け入れ、それを必要としている人々や教会に分かち合うこと。またボランティア元年と言われて、聖公会関係のみならず、たくさんの方々が来られましたが、この人々の受け入れ業務などを行なっていました。

 

 東日本大震災のときには、7月に神学生を連れて、短い期間でしたが被災地をお訪ねし、東松島などで少しだけお手伝いをさせていただきました。また長谷川司祭さんに先導していただいて、南三陸町まで行きましたが、阪神淡路大震災と東日本大震災との大きな違いは、被災地の範囲の広大さと、津波の被害の甚大さだったことを痛感したものでした。

 


 

 阪神淡路大震災から22年、東日本大震災から6年を経た2017年11月に東北に着任し、小名浜の越山健蔵司祭のもとをお訪ねしたとき、健蔵司祭は「できれば東北道ではなく常磐道を通ってきてください」とおっしゃいました。もともとそのつもりでしたが、なぜ健蔵司祭はあえてそうおっしゃったのだろうか、と不思議に思っていました。そう思いながら常磐道を走っていましたら、高速道路の両側に黒い大きな袋が壁のように山積みになっており、同じような袋が山の中に作られた空き地に、一杯詰まれていました。また反対車線を「汚染土運搬中」と書かれた横断幕を車体の前面につけたトラックの車列とすれ違いました。福島では、風評被害に苦しむと同時に、原子力発電所周辺の未帰還地域では、汚染土の除去がこれからも続いていくという現実を、まざまざと見せつけられたのです。

 

 京都にいたときには、原発の解体作業は全く進んでいないことも知っていましたし、東京オリンピックが決まったときにも「何が復興オリンピックだ!!」と怒っていましたが、実はそれは、自分の頭の中で理解していた抽象的な事柄に過ぎなかった、ということに気づかされて、とても恥ずかしくなりました。

 

 いかに自分が被災地から、被災者の方々から遠く離れてしまっていたのか、一緒に歩けていなかったのか、ということにまざまざと気づかされました。「常磐道を通って」と言われた健蔵司祭さんのねらいはこれだったのか、と気づかされました。

 

 今の私たちの社会には、「寄り添う」という言葉が定型句のように使われています。今の為政者たちも、「沖縄の人々に寄り添って」とか「被災地の人々に寄り添って」と、簡単に口にします。でも、そんなことがほんとうにできるのか? とても疑問に思ってしまいます。阪神淡路の時もそうでしたが、川を一本越えて大阪に入れば、そこにはきらびやかな世界がありました。仙台市内の中心部にいると、今は人と物であふれています。しかしほんの10Km南の荒浜地区や名取市の閖上に足を伸ばせば、8年たっても荒涼とした浜がそのままなのです。

 


 

 新約聖書には「寄り添う」と訳された言葉は見当たりませんが、それに近い「そばに来る」とか「そばに行く」、あるいは「近づく」という言葉が、福音書だけでいえば82箇所使われています。しかし面白いことにイエス様の方から「そばに来てくださる、近づいてくださる」のは3箇所だけで、マルコ伝1:31以下のペトロのしゅうとめの熱を癒された時、マタイ伝17:7の「変容の物語で恐れる弟子たちに近づかれた」という箇所と、ルカ伝7:14で「ナインのやもめの一人息子の葬儀で、棺に近づかれた」という記事だけのようです。この「そばに来る」とか「近づく」という言葉は、「~のために行く」とか「~に対して行く」というように、明確な目的を持ってなさる行動を意味しているようです。

 

 つまり、イエス様がペトロの姑や、ナインのやもめの一人息子の棺に近づかれるのも、弟子たちや病気の人々、あるいは本日の福音書のバルティマイがイエス様に近づいていくのも、明確な目的があるのです。それは相手に対して遠くの方から何かをするというのではなく、近づいて、そばによって、顔と顔とを合わせて関わるということではないでしょうか。画像や電波を通してではなく、実際にそこにいる、一緒にいる、存在するということが大切なのだと思います。

 

 イエス様は、苦しむ人々に対して近づいていかれました。イエス様は私たちの罪をあがなうために、十字架に進んでいってくださいました。まず、イエス様が私たちを覚えてしてくださったことに感謝しつつ、私たちもまた、イエス様の御跡を踏んで、今も悲しみ・苦しみのうちにある人々に近づいて行ければと思います。言葉だけの「寄り添う」ではなく、思いと行い、そして祈りをもって「寄り添う、そばにいる、近づいていきたい」と思います。

 

 

父と子と聖霊の御名によって アーメン

 

 

2019年3月11日 主教座聖堂仙台基督教会にて