お知らせ

お知らせ - 東日本大震災被災者支援PJの記事

第1回 被災地巡りツアー

2018年6月16日(土)、東日本大震災支援室主催の「第1回 被災地巡りツアー」が開催されました。

これは、交通手段や行き方が分からなかったり、一人ではなかなか訪れることができなかった方にも、

震災から7年経った被災地の今を実際に見て知っていただきたいと思い、企画いたしました。

この日のコースは、主教座聖堂を出発し、名取市閖上周辺→「震災遺稿仙台市立荒浜小学校」→

ランチタイム「もろやファームキッチン」→東松島市JR仙石線旧野蒜駅「東松島市震災復興伝承館」を周りました。

被災地巡りランチツアー

今回参加したメンバーです。

被災地巡りランチツアー

先ずは、名取市閖上地区を一周して現状を見てもらい日和山へ立ち寄りました。

被災地巡りランチツアー

いまだに荒涼とした光景に、みなさん驚かれていました。

被災地巡りランチツアー

震災慰霊碑「芽生の塔」へ移動し、祈りを捧げました。 この芽生の塔の先端の高さは8.4m、押し寄せた津波の高さになっています。

被災地巡りランチツアー

次に訪ねたのが「震災遺構 仙台市立荒浜小学校」です。 閖上地区から、名取川を挟んで北へ車で15分ほどの所にあります。

被災地巡りランチツアー

案内の方から震災遺稿の説明を受けました。

被災地巡りランチツアー

遠くから見るとなんの損傷もなく見える小学校の校舎に、津波の跡がしっかり残っていました。

被災地巡りランチツアー

建物内はもっと酷い状態でした。

被災地巡りランチツアー

言葉を失います。 今は何もないですが、車が数台押し込まれていたそうです。

被災地巡りランチツアー

二階のベランダのコンクリート壁を突き破り、窓ガラスが割れ、一気に海水が流入したそうです。

被災地巡りランチツアー

以前、集落があった荒浜井戸浜地区の模型です。

被災地巡りランチツアー

黒板には、地域の子どもたちの寄せ書きが残されています。

被災地巡りランチツアー

ビデオコーナーに移動して、記録映像を見ました。

被災地巡りランチツアー

ビデオを見た後にパネルにて説明を受けました。

被災地巡りランチツアー

荒浜小学校の体育館にあった大時計は、津波到達時刻の15時55分で止まっています。

被災地巡りランチツアー

屋上にある防災放送設備です。この震災遺構になった荒浜小学校は津波災害指定避難所にもなっています。 防災放送設備が屋上に設置されています。 これを使うことが無いことを祈りたいですが、災害はいつかまた必ずやって来ます。 備えは十分に行っておくことが大切だと思います。

被災地巡りランチツアー

約1時間の案内、ありがとうございました。

被災地巡りランチツアー

ランチタイムは野菜料理が美味しい「もろやファームキッチン」へ移動です。 震災遺構の荒浜小学校から車で約15分の所にあります。

被災地巡りランチツアー

こちらは、被災された農家レストランの方が、震災後場所を移して再建されたお店です。採れたて野菜の日替り一汁四菜ランチをいただきました。

被災地巡りランチツアー

ランチの後に、この日の最後の震災訪問地、東松島市震災復興伝承館へ移動しました。 伝承館はJR仙石線、旧野蒜駅舎を利用しています。

 

被災地巡りランチツアー

ここもスタッフの方に案内をお願いしていました。

被災地巡りランチツアー

鯉のぼりの上にある赤いラインが津波到達の水位になります。

被災地巡りランチツアー

彼女も津波被災者で、当時の事を生々しく語ってくれました。

被災地巡りランチツアー

ここはパネル展示が充実しています。

被災地巡りランチツアー

ここでも、震災ビデオを鑑賞しました。

被災地巡りランチツアー

伝承館を見学した後に、旧野蒜駅と追悼モニュメントを見ました。

被災地巡りランチツアー

この震災モニュメントの上の部分が津波の高さを表しています。

被災地巡りランチツアー

ここで合流したMさんの案内でJR仙石線、新野蒜駅を訪ねました。

被災地巡りランチツアー

Mさんもここ野蒜の家が全壊する被害を受け、高台の場所に家を再建されています。色々な震災体験を話されてくれました。

被災地巡りランチツアー

みなさん、お疲れ様でした。 次回の「被災地巡りランチツアー」は、8月末を計画しています。

東日本大震災支援室の活動報告に新しい記事がアップされました。(2019年1月9日(水))

◎下のリンクをクリックして下さい。

 

https://nskk-tohoku.sakura.ne.jp/reportdetail/水曜喫茶(1月9日)/

「被災の地に立つーフクシマを忘れないー」の記事をアップしました

宣教部では、昨年までの3年間に継続して東日本大震災の被災の地(2012年南三陸【宮城】、2013年新地町【福島】、
2014年釜石【岩手】)に立って、祈り、現地で生きている人たちと出会い、お話しを伺うことを大切にしてきました。
今回はその4回目となり、2015年9月22~23日の一泊二日で『東北教区2015被災の地に立つⅣーフクシマを忘れない-』が
行われました。

原発被災地福島の福島第二原発近くの富岡町まで出向き現地の惨状を目の当たりにしてきました。
現地は写真のような悲惨な状況のままです。(事故原発は第一原発です)

フクシマを忘れない

放射能汚染の高い地域では 手が付けられず、震災当時のままで放置されたままです。

フクシマを忘れない

多くの被災した車がそのまま残されています。

フクシマを忘れない

多くの家屋がいまだに倒壊したままです。

フクシマを忘れない

危険な状態で放置され立ち入り禁止となっています。

フクシマを忘れない

校庭に雑草が生い茂り廃墟と化した富岡小学校

フクシマを忘れない

家屋の中に軽トラックが突っ込んだまま!

フクシマを忘れない

帰宅困難地域の家屋です。

 

 

 

フクシマを忘れない

放射能が高い国道6号線沿いの脇道へはすべて 通行と立ち入りが出来ません。

フクシマを忘れない

未だに除染作業が続けられています。

フクシマを忘れない

駐車場設備もへし曲げられたままです。

フクシマを忘れない

うず高く積まれている放射能瓦礫を入れてあるフレコン(袋)です。

フクシマを忘れない

今回初日に福島原発被災地を案内していただいたカリタス原町ベースの山田雅之さんです。

フクシマを忘れない

被災地訪問開始のオリエンテーリングです。

フクシマを忘れない

越山哲也司祭による開会の祈り

フクシマを忘れない

二日目は新地町の被災地巡りをしました。

フクシマを忘れない

センターしんちの松本晋さんによるガイドです。

フクシマを忘れない

大戸浜より津波犠牲者にお祈りを捧げました。

フクシマを忘れない

磯山聖ヨハネ教会跡地での巡礼

フクシマを忘れない

荒ミヨ子さんによる津波被災時の生々しい証言がありました。

フクシマを忘れない

聖ヨハネ教会の犠牲者を悼みお祈りをお捧しました。

フクシマを忘れない

放射能汚染地域から避難されている雁小屋仮設住宅の方々と交流を持ち「証言」を聞きました。

フクシマを忘れない

各自分散して意見交換をし、 今問題となっていることを熱心に聞きました。 やはり原発汚染地域は家に帰ることが出来ないことで希望が持てずとても辛いと言うのがほとんどの意見です。

フクシマを忘れない

◎谷田いづみさんの証言 一時帰宅時に自宅は獣たちに侵入され、部屋中に糞が散乱し、とても住めるような衛生状態ではないと訴えていました。 漏電が怖く、ブレーカーをONに出来ないので掃除は手作業で行ったそうです。 悲しくなる現実を受けとめることが出来ないと話されていました。

フクシマを忘れない

◎井戸川敬子さんの証言 避難困難地域が解除されても元通りのコミニティーはとても望めず、 帰る気になれないと訴えていました。

フクシマを忘れない

最後に訪問への記念撮影をしましたが、笑顔になってくれたことが救いでした。

 

フクシマを忘れない

加藤主教の閉会の祈りの後それぞれの想いを持って現地解散となりました。