教区報

主教コラム - 2020年の記事

礼拝堂探検隊 第7回「聖書台・説教壇ー②」

文語祈祷書時代には、なぜ祭壇用祈祷書(福音書)を左側に移動し、そこから読まれたのでしょうか。

 

これには諸説ありますが、初期の西方教会で、キリストの福音が地中海側(南側、即ち右側)から異民族の住んでいた大陸内部(北側、即ち左側)に宣教されていく有様を現しているそうです。現在ではしばしば福音書は会衆席の真ん中で朗読されます。これは、世界の中で福音が宣言されることを意味しています。
そのことから考えますと、聖書台から聖書が朗読されるということは、神様の御言葉が世界に向かって宣言されるということであり、それを聞く私達は御言葉に養われることを意味します。

 

また説教壇が左側(福音書側)にあるということは、説教とは現在の状況の中で説教者の口を通して語られる御言葉(福音)の解き明かしだということです。本当にそうなっていれば良いのですが。

 

 

さて、これらに共通することが一つあります。それは聖書も説教も、そのどちらもが「聴く」ものであるという点です。誰もが聖書を読めるようになったのはたかだか五百年。それまで聖書は読むものではなく聴くものでした。「聴」という字は、耳を大にして、十方四方に心を配って聴く姿勢だそうです。

 

その意味で聖書日課朗読者は聖堂の一番後にいる人にも届くような読み方に心掛け、私達は礼拝の中で御言葉を「聴くこと」に徹しますと、今までとは別の響きで聴けるのではないでしょうか。
 

教区主教

 

 

 

 

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礼拝堂探検隊 第7回「聖書台・説教壇ー①」

今回は会衆席の奥、チャンセル(内陣・祭壇や司式者席等がある一段高くなっている所)から少し会衆席の方に張り出している聖書台と説教壇を見てみましょう。

 

その前に、チャンセル(chancel)とはラテン語のcancellus カンチェルス に由来する言葉で、「格子戸」と言う意味です。それはネイブ(身廊・会衆席部分)とチャンセル(内陣)の境に格子戸があったことからきているそうです。この「格子戸」は日本聖公会ではほとんど見られませんが、山形聖ペテロ教会と北関東教区の日光真光教会に残っていました。

 

さて、多くの教会では聖書台は祭壇に向かって右側、説教壇は左側に置かれています。また現在の山形聖ペテロ教会のように、聖書台と説教壇の機能を兼ねた聖書台が、中央に置かれている教会もあります。

 

伝統的には祭壇に向って右側を使徒書側(Epistle side)と呼び、左側を福音書側(Gospel side)と呼びます。

 

 

朝夕の礼拝をはじめとする諸礼拝で、聖書は一般的に右側の聖書台で朗読されます。しかし、文語祈祷書の聖餐式では、右側の聖書台で使徒書が読まれた後、昇階唱か聖歌を歌っている間に、サーバーが祭壇用祈祷書を恭しく左側に移動させていました。その後、司祭は祭壇中央から左側に移動し、そこで会衆の方を向いて福音書を拝読していました。(つづく)

 

 

教区主教

 

 

 

 

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