教区報

教区報「あけぼの」巻頭言 - 2014年の記事

「クリスマスは闇からの開放」2015年1月号

キリスト降誕

「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主は私達に道を示される…ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう」
降臨節第一主日イザヤ書2:1~5

 平和であった日常の生活が一変した2011年3月11日から3年と9ヶ月の時が流れ、今私たちは4度目のクリスマスを迎えます。笑顔を見せながらも悲しみとやり場のない怒りを抱えたままの生活が今も続いています。 一昨年のクリスマスイブが思い出されます。忘れることの出来ない礼拝でした。イブ礼拝の数日前、私たちの教会の婦人会長さんが突然神様の元に旅立たれました。姉妹は震災で全壊となった教会会館の再建を目指し日夜奔走され、全国募金で感謝の会館が完成した翌日のことでした。あまりの突然の訃報に信徒一同呆然として頭が真っ白になったことを思い出します。とてもクリスマスを祝う気持ちにはなれませんでした。 そんな思いの中でイブ礼拝が行なわれました。礼拝堂はさながらレクエムのようでした。いつになく礼拝堂は沢山の人、人でいっぱいでした。ろうそくの優しい光が礼拝堂を包み聖歌が流れました。その時でした、礼拝堂後方からいつもの透き通るような歌声が聞こえてきたのです。私を含めて何人かの信徒の方がその声に気づき思わず後ろを振り向きました。不思議な体験でした。

 

 クリスマスはとても不思議な出来事です。おとめマリヤから聖霊によってみ子イエスが誕生しました。それも遥か古より約束されていました。それは人々を解放するためでした。幼子イエスが人々を笑顔にし、解放していくのです。事実起きたことを信じるのが現実の世界とすれば、必ず起こると思うことでクリスマスの出来事のような確信が生まれてきます。パウロは「信仰とは望んでいることを確信し、見えない事実を確認すること」だと言っています。信じるに足る出来事が起こってその上に確信があるように思います。

 

 私は、光を求めているはずなのに、時々闇の中に居る方が居心地が良いことに気づくことがあります。人は本能的に闇が好きなのではないかと思ってしまいます。しかし今回の震災によって、私たちは深い闇の中に取り込まれました。クリスマスは再び私たちを光の中に呼び戻そうとしています。イブ礼拝で敢えてほのかなロウソクの光を演出します。不思議と心が和み落ち着きます。光は何を私に見せてくれたのか。ほのかに映し出された人の姿だけでなく、自分自身の心模様が映し出されたと感じました。しかしもう少し目をこらすと、傍に居る人の、光に照らされたその人の生き様が見えてくるような気もします。

 

 闇は決して解放には至らないことを、身をもって知らされたのも事実です。それは理解するより感じることでした。闇は谷底の洞穴かもしれません。一度入るとなかなか出にくいものです。主の山はこの世で一番高い山です。頂上からはこの世の全てを見渡すことがでます。光を浴びてもはや隠れることは出来ません。主は言います。「イスラエルよ、もう闇を出て光の中を歩もう」と…。

 

 

あけぼの 2015年1月号より
司祭 ピリポ 越山 健蔵

「『それでも…』は希望の言葉」2014年11月号

あけぼの11月号1ページイラスト 「ヨブの三人の友人が、ヨブの友人たり得たのは、この最初の一週間だよね」。

 大学院時代、ヨブ記をテーマにしたゼミでの恩師の言葉です。

 

 ご存知の通り、旧約聖書のヨブ記は、「無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きていた」(ヨブ記1:1)ヨブに、ある日突然、次から次へと災難・不幸が襲いかかることが記されており、神が正義であるなら、なぜ正しい人が苦しまねばならないのかをテーマにした書物です。そして、その内容の大半は、「ヨブにふりかかった災難の一部始終を聞くと、見舞い慰めようと相談して、それぞれの国からやってきた」(同2:11)三人の友人とヨブとの討論で構成されています。

 

 三人の友人は、次から次へと災難が起こった理由・根拠について推測、ヨブにこれを語ります。それは、当初はヨブの苦しみを思い、おそらくは苦しみの理由を明らかにすることでヨブを立ち直らせたいという善意からの問いであり、また諭しであったのだろうと思われますが、純真無垢のヨブからすれば、語られる内容以前に、そのような理由付けが、より彼を困惑させたであろうことがうかがわれます。そしてヨブがそのような態度を示せば示すほど、それを頑なな態度と受けとめた三人の友人の語りはエスカレートしていきます。

 

 さて、三人の友人がそのような諭しを始める前、彼らはヨブの現状に語る言葉をもたなかったことが聖書には記されています。「彼らは七日七晩、ヨブと共に地面に座っていたが、その激しい苦痛を見ると、話しかけることもできなかった」(同2:13)と。

 

 そこで冒頭の恩師の言葉です。つまり、ヨブの苦しみを共に担いたい、慰める「友」でいたいとの思いで駆けつけた彼らはしかし、ヨブの現状に話しかけることもできず、七日七晩、ただ傍らに一緒に座ることしかできなかった、それが三人がヨブにとって友人たり得た時間だったというのです。

 

 語る言葉をもたず、ただ傍らにいるしかないのが真の友人?この日以来、私は「共感」とは何かを思い巡らしてきました。「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣く」など人間にできることなのだろうかと。「共感共苦」は、確かに耳には聞こえのいい言葉ではあるけれど、人が人と真に同じ感情をもつことはできるのだろうかと。

 

 正直に告白すれば、私の答えは「できない」ということになります。それはパウロの言葉を否定したいのではなく、またそれを諦めているわけでもありません。ただ、たとえ家族や恋人同士であっても、別人格の人と人が完全にアイデンティファイ(自己同一化)することはできないという意味においてそう思うのです。しかし、苦しみの最中にある愛する人を思い、何とか力になりたい、何とか励ましたいのにそれができない、語る言葉を持たないという自らの悲しみと、苦しみの最中にある人の悲しみはリンクする、そこで思いを共有することは不可能ではない、今は「共感」をそんなふうに捉えています。

 

 その意味で「共感」は、自分は本当に愛する人に寄り添えているのだろうか、他に何か方法があるのではないだろうかと正回答のない問いに悶々とし、しかしそれでも一歩踏み出し続けることではないだろうか、そう思っています。そしてそれこそが、共に重荷を担い、完全なる共感を果たすことのできるキリストの御跡を踏むことなのではないだろうかと。  そんな「揺れ動き」を受け容れつつ、それでも「前」を向いて生きる歩みを、「だいじに」していきたいと願っています。

 

 

あけぼの 2014年11月号より
司祭 ヨハネ 八木 正言

「これからも私たちにできること」2014年10月号

 「いっしょに歩こう!パートⅡ だいじに・東北」の働きが始まって2年目を迎えました。被災直後のパートⅠの働きが、まず必要な物的支援から始まり、徐々に被災された方々の心に寄り添う、正に「いっしょに歩く」ことが働きの中核となって行ったことを引き継いでの働きが「だいじに・東北」の働きだとわたしは理解しています。そしてその働きを担っているのが私たち東北教区の各教会であり、そこに集う一人ひとりです。もちろん何をして行けばよいのかを探り、働きを調整してくださる事務局の働きがあり、現在も多くの教区外からのご支援もあります。しかしその働きは各教会との連携があってこそ本当に生かされていきます。うれしいことにその主旨が理解され、教区内の教会に具体的な動きが生まれ、継続されている働きも生まれています。そのひとつに「被災の地を訪ねる」ということがあります。被災直後は立ち入りを制限されている地域も数多くあり、訪ねてみたいと思っても「ただ行くだけなんて、見に行くだけなんて申し訳ない」という思いも多くの方が持たれていたことでしょう。

 

あけぼの10月号1ページイラスト また、「自分たちはたいした被害も受けていないのに」という思いが被災された方々に「申し訳ない」という思いになったり、後ろめたさを覚えたりという告白を数多く耳にしました。あの大震災は直接の被害を受けた人たちにも、そうでない人たちにも多くの傷を残しているのだなと思わされます。だからこそ今は多くの人に被災の地に直接立ってほしい、その地の人たちに出会って欲しいと願うのです。

 

 私の教会でも昨年から被災地訪問を続けています。初めて行かれる方はやはり少し不安もあったようです。「ただ見に行くなんてことを、して良いのだろうか?」という思いはぬぐいきれません。被災地からは「見に来てくれるだけで良い。見て、知って、感じて欲しい」というメッセージも届くようになっていましたが、最初のうちは緊張の被災地訪問でした。ところが驚いたことに躊躇している私たちに先に声をかけてくださったのが地元の被災された方々でした。「どちらからいらっしゃいました?山形。遠くからありがとうございます。」そんな出会いから始まった会話、被災時の出来事のお話はもちろん軽いものではありません。情報としては知っていても、体験者から直接聞くお話は各々の魂を揺さぶるものでした。ところが別れ際には両者とも何かわだかまりが解けたような不思議な感覚を覚えたように感じています。それは「聞いて欲しい」「聞かせて欲しい」という思いが出会った時であったかもしれません。

 

 ビートたけしの、こんな言葉を思い出しました。「(よく犠牲者の数で災害の大きさが比較されるが)そうじゃなくて、そこには一人が死んだ事件が2万件あったってことなんだよ。2万通りの死に、それぞれ身を引き裂かれる思いを感じている人たちがいて、その悲しみに今も耐えているんだから。」この言葉からこの聖句を連想しています。「その小さな者一人にしたことは、私にしてくれたことなのである」という主イエスの言葉です。「だいじに・東北」の働きには終わりの時が来ます。でもその後にもできることが私たちにはあります。これからも同じ苦しみを負わされる方は、残念ながらおられることでしょう。私たちは無力に見えます。でも祈り続けること、小さな出会いを大切にしていくこと、等々ができます。私には何ができるでしょうか。

 

 

司祭 ステパノ 涌井 康福

あけぼの 2014年10月号より