教区報

教区報「あけぼの」巻頭言 - 2013年の記事

クリスマスメッセージ「感謝と賛美はわたしたちの務め」2014年1月号

1638378 雨つぶてが激しく窓を打ち叩き、風が傍らでウォーウォーと不気味な声で吠えたてる。途端に外の暗闇が突如、部屋に踏み込んできて何も見えなくなった。「停電だ」。とっさに「ローソク」をと思ったが、明るさに慣れていた眼は突然襲った暗い闇に即応できずオロオロするばかり。それでも手探りしながらサイドボードの燭台をゲットし、それを食卓の真ん中に取りあえず置く。ここでマッチの必要に気づく。「マッチ、マッチ、マッチはどこだ」と言いながら探していると、「マッチは返事しないのよ」と妻の声。それあらは黙々と探す。喫煙者のいない我が家ではマッチの存在感は薄い。引き出しを幾つか開けてようやくマッチに出会った。「マッチ見つけたよ」とまずは凱歌を挙げる。ローソクだけあってもマッチがなければ、ローソクはその役目を果たせない。これからはマッチは燭台の側に置くべきを悟る。「ローソクにはマッチ、コーヒーにはクリープ、ブレッド・アンドバター、ハム・アンド・エッグ、われ鍋にとじ蓋か」と、ひとり言する。

 

 さて、マッチを擦って希望の灯をともそうとするが、引き出しの奥に長いこと眠っていたマッチは湿っていてなかなか発火しない。それでも一本また一本と、今度こそはの期待と祈りを込めて辛抱強くマッチを擦り続ける。気がつけば「今さら何を言っているのさ」の演歌を口ずさんでいた。溜っていた自嘲と諦めのほとばしりだったのか。 マッチは発火しそうもない。

 

 はじめは必ず発火させてみせると強気だったが、そんな気も萎えてしまい、そろそろ電気がつく頃ではという気持ちが膨らんでくる。そんなときにマッチが発火。この時を待ち構えていたローソクにようやく火が灯った。部屋の中の形あるすべての物が不思議な影を作って浮かび、仄かに灯るローソクの火を、何か珍しいものででもあるかのように、じーっと見ているようだ。

 

 静かで平和な時が生まれている。妻が「クリスマスみたいね」と言った。そして誰からともなく「きよしこの夜、星はひかり」と歌いだしたら、ほんとにクリスマスを祝っているような気分になってきた。だが猛々しい風が夜の闇を切り裂いて我が物顔に走り回る。隙間風がローソクの灯を消そうと躍起になる。小さく灯る炎が小刻みに震えて消えそうになる。ああ、私の信仰の火もかくあったなと、来し方を回想する。

 

 そういえば「赤ちゃんが生まれました」との知らせを受けたその瞬間は、子の命を授かって親とされた瞬間でもあった。神がわたしたち夫婦に託された、この腕に抱かれている命は、わが命の限り守らねばならない命。伝わってくるこの新しい命の鼓動を感じていると、自分の中にもそれに呼応するかのように新たな力と希望が沸いてくる。 この世の救いのために人間のかたちをとってまでしてこの世に受肉されたイエスさまのこころこそが、私たちにとっての力であり希望の源。この恵みこそクリスマスの喜び。すべての人を照らすまことの光。このことを忘れまい。 今、自らの身を燃やして周りを明るく照らすローソクの火を目の前にしながら、わたしたちの救いのために地に来られた神さまの愛に応えるための私たちの努めは感謝と賛美。風雨は激しく夜の闇は深い。

 

しかし、明るいあしたは近い。

 

 

あけぼの 2014年1月号より
主教 ヨハネ 佐藤 忠男