教区報
教区報「あけぼの」 - 東北の信徒への手紙の記事
「忍耐と希望」2015年10月号
九州生まれで関東育ちの私が初めて東北の地を訪れたのは、今から41年前の中学2年生(14歳)の夏のことでした。当時会社に勤めていた父が仙台で単身赴任をしており、初めての一人旅でその父を訪ねたのでした。まだ東北新幹線もありませんでしたので、上野駅から特急ひばり号に乗って4時間近くも電車に揺られておしりが痛くなる中、ようやく仙台駅に降り立つと、父が家では見せたことのないような笑顔で出迎えてくれたことを鮮明に覚えています。その後父に連れられ、松島や平泉を観光し、また仙台基督教会も訪ねて、大変暖かくお迎えいただいたことが今でも思い起こされます。その時初めて味わった東北の海山の景色や透き通った空の美しさへの感動、また、人の暖かさとの出会いが、自分の将来を大きく動かすことになったと思っています。その後、23歳の時に自分の強い思いがあって東北教区の聖職候補生として認可をいただき、東北教区の聖職の一員としての道を歩み始めることができました。長い道の途中、やはり東北とは別物であることに悩み、また、自分自身の失態から多くの皆さまに多大なご迷惑、ご心配をかけながらも、皆さんの深い愛情と神様のみ許しをいただき、何とかここまで歩みを進め今日に至ることができたと思っております。心より感謝申し上げます。さらに仙台出身の妻と出会い、釜石勤務中には2人の子どもにも恵まれ、東北出身でないのは私だけという家族になりました。それだけが原因かどうかわかりませんが、しばしば家族の中でも完全アウェイ状態になることがあり「そういうところがいけないんだよね」などと叱られ、忍耐することも学ばされたように思っています。
「東北の皆さんの忍耐強さに心から敬服いたします」。これは東日本大震災でボランティアの方々がやって来た時によく耳にした感想の言葉です。この言葉には、復興が遅々として進まぬ中、暑苦しい体育館や避難所にあっても苦言・不平を漏らさず、ひたすら耐えておられる皆さんの姿を見て、純粋に感動を表した言葉として受け止められる一方で、遠慮せずにもっと大きな声を出して、早期復興・生活改善の要望を心の内をさらけ出し訴えるべきだという思いも含まれていたように感じました。しかし、現在も変わりない状況の中ではありますが、それでも、忍耐し続けるしかなかったのだと思うのです。私たちには、苦難にあうとき、忍耐は練達を、練達は希望を生むという確信が与えられていますが、希望のない忍耐ほど辛く無意味なことはないのではないかと考えさせられます。
2年前に終了となりました「いっしょに歩こう!プロジェクト」の活動の中にあって被災地に出向いた時、「本当に、あんたたちは神様を信じている人たちなんだね」「イエス様を信じている人たちは違うね」という、教会の活動に対するこの上ない賛辞の言葉を頂戴したことが忘れられません。「いっしょに歩こう!プロジェクト」や教会の働きはイエス様の働きそのものであったと思うのと同時に、その働きは主にある交わりから湧き出る希望を、僅かばかりではあったと思いますが忍耐している皆さんに一縷の希望の光として届けることができ、神様の働きの一助として祝福されたと思っています。恵みに満ち溢れた私たちの神様こそが真の希望を私たちに与えてくださることをさらにこの世で証し、何を信じるべきかを信心深い人々へ伝えることが私たちの役割であることを再確認したいと思います。
司祭 ヤコブ 林 国秀
「俺たちは憧れられているんだ」2017年10月号
皆さんは「メイク・ア・ウィッシュ」という団体をご存知でしょうか。難病に苦しむ子どもたちが持つ夢の実現の手伝いをすることを目的としている、アメリカで始まったボランティア団体で、日本でも活動しています。
その活動の始まりは、クリスという白血病と戦っている7歳の少年の夢の実現でした。クリスの夢は「白バイ警官」になることでした。この話を聞いたある警察官が動きました。どうにかしてクリスの夢をかなえてあげたいと思ったその警官は仲間を募り、上層部に相談します。そして上層部もクリスの夢の実現のために動きました。彼のために新品の制服装備一式を用意し、「名誉警察官」に任命しました。その上、クリスにミニバイクをプレゼントし、実際にパトロールや取り締まり業務にも当たってもらったそうです。クリスは夢のような時間を過ごし、夢がかなった5日後に亡くなりました。警察官たちは殉職警官と同様の栄誉礼でクリスを送ったそうです。
大変感動的な話しですが、警官たちがクリスの夢を叶えるために組織を上げて揺り動かされた一つの言葉があります。それはクリスの話を聞き、何とか夢をかなえてあげたいと考えた一人の警官の、仲間や上層部への「俺たちは憧れられているんだ!」との訴えでした。なかなか言える言葉ではありませんが、警官たちの誇り高さを感じさせられる言葉です。
自分が子どもの頃に憧れていたものを振り返ってみると、プロ野球選手、鉄道の運転士、バスの運転手、森林警備隊員(カナダの少年ドラマを見て)等々、色々ありました。今となればどれも最早無理ですが、ふと、当時の憧れが過ることもあります。そして今、私は何とか教役者として生かされています。私が教役者の道を歩もうと思ったきっかけ、所謂「召命感」は何だったのだろう?ということを改めて振り返ると、子どもの頃とは違う「憧れ」というものがあったように思います。私は教会の環境で育った訳ではなく、途中から、俗に言う「突然変異」で教会へ通うようになりました。教会へ行くたびに「司祭」という方の存在が不思議でなりませんでした。決して「お暇」ということではなかったかと思いますが、高校〜大学を通して向き合って頂きました。このことが不肖私を教役者の道へ導いたことは間違いないことです。その思いの大部分は「憧れ」だったのだと思います。
私たち東北教区はこの度の主教選挙に向けて教役者会や教役者・信徒が共に話し合う時を共有しました。「牧会的・霊的リーダー」としての主教を望み、何方が選出されても支えることで一致しましたが、「人を育てる」主教さんであって欲しい、という望みが託されたと思います。東北教区は教役者も信徒も少ない状況の中にあります。特に教役者数は危機的状況かもしれません。「人を育てる」の中には教役者の養成が勿論含まれているでしょう。その教役者養成には教区聖職養成訓練委員会を中心に検討されています。具体策として何かある訳ではありませんが、ただ、私たち教役者が多くの人に、特に子どもたち、若い人たちに「憧れられる」者としての意識、誇りを更に持つことが大事だと思います。自戒を込めてその思いを書かせて頂きました。
司祭 アントニオ 影山 博美
あけぼの巻頭言10月号
あけぼの2019年9月号
巻頭言「聖霊の実」
使徒言行録は使徒たちの生活と行跡が込められた書です。使徒言行録は、私たちに使徒たちがどのくらい情熱的に復活されたイエスの福音を伝え、主のみ名で奇跡を行ない、互いに愛と喜びを分かち合い、生きていたのかを伝えています。
東北教区の皆さん、使徒言行録のみ言葉を聞きながら、皆さんは何を感じますか?「私もそうしたい。」「私もそんな信仰を持って福音を伝え、喜びを分かち合い、人々に喜びを与えたい。」と思っていませんか?皆さんもそうすることができます。私たち自身の力だけでは不可能でも、復活したイエスが、私たちの中に一緒にいらっしゃると信じ、イエスにすべてを任せると、イエスが私たちの中で驚くべきことをされます。
使徒たちが喜んで福音を伝えることができた力はどこから出てきたのですか?恐怖に震えていた弟子たちが闇から出てきて、大胆に叫ぶことができた力はどこから来たのでしょうか?聖霊を受けたからでした。聖霊は誰ですか?復活されたイエスの霊です。復活されたイエスを体験した使徒たちは聖霊を受けてすぐに、イエスと一緒に福音を伝え、大胆に叫ぶことができるようになったのです。イエスは「かの日には、私が父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる」(ヨハネ14:20)と言いましたが、果たしてそうなったのです。
イエスは明らかに約束をしました。世の終わりまで、あなたがたと一緒にいるだろうとパウロは言います。「イエスは生きておられます。」私たちは、イエスは生きておられるという意味を正しく理解していなければなりません。また、パウロは「イエスは霊です。」と叫びます。つまり、イエスは聖霊の中で生きておられるのです。
「聖霊の中に生きておられる。」その意味は何ですか?聖霊の実が何なのかを考えると、より簡単に理解することができます。パウロがガラテヤで話している、聖霊の実とは何ですか?愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、そして節制です。実を見れば、その木を知ることができるでしょう。聖霊の中に生きておられるということは、愛の中に、喜びの中に、平和の中に、寛容の中に主が生きておられることを意味します。
私が誰かを本気で愛しているなら、その人との愛の中に主が生きておられます。私が純粋な喜びを持っているなら、その喜びの中に主が現存しているのです。私が誰かとの出会いの中で真の平和を感じた時、その出会いの中に主が生きておられるのです。私が誰かのために苦難を我慢したら、その寛容の中に、主がともにおられます。
東北教区の皆さん、私たちが聖霊を受けたことをどのように知ることができますか?その実を見れば知ることができるのです。毎日喜んで生きてください。その喜びの中に復活された主が生きておられます。他人に善を与えてください。その先に主が喜んでおられます。柔和な心を持ってください。その心の中に主の平和があります。
司祭 ドミニコ 李 贊煕(仙台聖フランシス教会牧師)
あけぼの2021年7月号
巻頭言 東北の信徒への手紙 「将来の栄光を見てみましょう」
わたしたちは皆、顔の覆いを除かれて、鏡のように主の栄光を映し出しながら、栄光から栄光へと、種と同じ姿に造りかえられていきます。これは主の霊の働きによることです。(コリントの信徒への手紙Ⅱ 3:18)
神様が喜ばれる人は「信仰の人」です。神様の言葉を疑わず信じて従う人を喜ばれます。神様は私たちに向けた特別な計画を持っておられます。神様の計画は、私たちの考えと期待を超越します。神様は、神様を信じて信頼する人を特別な人、偉大な人、夜空に燦然と新星のように輝く人になるように、計画しておられます。もし私たちが信仰を持たず、過去に何のビジョンも持たず、何も成し遂げられない生活を送った場合、今もそうでしょう。
しかし、信仰の人は違います。神様のための神聖なビジョンを持って生活します。したがって、私たちは信仰によって、神様の力を頼りにして義の冠を示し、十字架の栄光を見て行動します。このために私たちがしなければならないことは、神様の意思に完全に服従することです。神の意志に服従する者に、神様は聖霊の力を注いでくださいます。
皆さんはどのような人生を生きていますか。神様を信じず、信頼しない人生を生きたいですか。イエスの中で皆さんの人生を新たに計画してください。日常生活の中で特別な生活に飛躍してください。イエスを私たちの救い主として受け入れれば、神様は私たちのすべての罪を許してくださいます。そして、神の聖霊をプレゼントとしてくださいます。
聖霊は、皆さんの人生を特別な人生、能力を行なう人生、偉大な未来が待っている希望の人生に変えてくれます。私たちは、み言葉と祈りを通して、より一層神様を深く知るようになるとき、神様は私たちに人生を理解する能力をさらに育ててくださいます。そして、私たちの人生の扉を開いてくれます。
今日、多くの人々は、イエスの前に来ることに消極的です。私たちは、神の仕事よりも世界の世転びと快適さがより好きです。そして主の前にくることを拒否します。
しかし、モーセはイエスが現れる1500年前に、イエスのために苦しむ道を選択しました。モーセは信仰によって犠牲制度を定めています。信仰で過越と血をまく儀式を定めました。これは、イエスがメシアとして来られ、十字架で贖いの儀式を捧げ、私たちを救ってくださることを示す象徴の意味を持ちます。イエスがいらっしゃる1500年前にすでにモーセは信仰によってイエスを信じました。彼は選択しました。イエスのために苦しむことが王宮の栄華を味わうことよりよいと思いました。
私たちは、イエスの恵みと復活の恵みと聖霊を通して、イエス様が私たちの中に永遠に一緒におられる恵美を享受しています。したがって、私たちもモーセのように、イエスのために、世界の楽しさを放棄し、首都一緒に苦しむ道を選択する必要があります。これが行動する信仰です。皆さんの行動する信仰を示してください。イエスを受け入れ、聖霊を受け、その聖霊が常に私たちの中に豊かに住むことによって、特別な人生、輝かしい未来の栄光を成就して生きていかれることを願います。
仙台聖フランシス教会 牧師 司祭 ドミニコ 李 贊煕
あけぼの2023年9月号
巻頭言 東北教区の信徒への手紙 「今更ながら日本の教会とは」
今年の3月、秋田から福島への転任の準備でバタバタしている時に故郷(長野)に済む妹が急逝しました。いまだに合間を見て何度か往復していますが、様々な手続きのため町に出かけた時、中部教区の上田聖ミカエル教会及び諸天使教会の近くを通りかかりました。こちらは和風建築で知られる奈良基督教会を小さくしたような教会で、祭壇を仏像に変えたらすぐにでも仏寺として使えそうな建物です。奈良の場合は景観条例があったのでしょうが、ここの場合はどのような経緯で和風建築となったのか、今更ながら興味をそそられました。きっと何か深い理由があったのではないかと思います。「日本の教会なんだから和風で」という単純なものではないのでしょうが、「日本の教会」という視点はとても大事なことなのではないかと思うのです。それはもちろん福音の本質を変えても良いということではありません。神から受けたものをそのまま伝えていくのですが、日本という風土の中でそれをどのような器に入れたら良いのかということなのかな、などと考えますが、小さな私にはなかなか思い切った割くが思い浮かんできません。
最近ある方からいただいた文章に明治期に来日した英国聖公会の宣教師の中に、日本の教会に英国型、例えば教区制などのスタイルをそのまま持ち込むことに反対した司祭がいたということが記されていました。しかし結局そうはならず、伝えた側は様々な変革を遂げているにもかかわらず、多分現在に至るまで、私たちはその時に伝えられたものを守り続けていたのかもしれません。日本聖公会では教区制改革が進められていますが、それは単に11もの教区を維持できないことに対する対処ではなく、教会そのものの変革を視点に置いてのことであることを、私たち一人ひとりも心に留めていきたいと思います。私には何ができるのか、私はどう変わることができるのかが、すべての信徒・聖職の課題なのではないでしょうか。そう書くと何か思いものを背負うような感じになってしまいますが、そのほとんどを実は背負ってくださっているイエス様のことをしっかりと見つめることが一番大事ですよね。
わたしの家はクリスチャンホームではなかったので、洗礼を受けた時に周りからは「なんで西洋の神様を信じるのか」と何度も問われました。そうなんですよね。多くの日本人にとってキリスト教は西洋の宗教であり、イエス様は欧米人の神様なのですね。そういわれるたびに「そうじゃない。聖書の神様は世界の神様だ。イエス様だって西洋人ではない」と反論してきましたが、自覚はしていなかったのかもしれませんが、日本の教会は、そして私も、西洋的なものをアピールしてきたのかもしれません。
学校が夏休みに入ったこともあってか、このところ毎日教会見学の方が来られます。多くは旅行者の方で、いまだに朝ドラ(エール)の撮影地の教会を見てみたかったという方が多いです。地元の方も来られますが、キリスト教に関心がある、聖書のことを知りたいという方には、残念ながらまだお会いしていません。食事時にインターホンがピンポーン!と鳴ると、思わず「うわー、勘弁してよ」と本音が出てしまいますが、今日こそは良い出会いがありますようにと、あきらめずに、訪ねてくれることに感謝し、少しうどんが伸びてしまうことを残念に思いながらも、笑顔での対応を心掛けています。
福島聖ステパノ教会 牧師 司祭 涌井 康福
あけぼの2025年9月号
巻頭言 東北の信徒への手紙 「野菜売りのおばさん。」
これはまだ教会で暮らしていた頃の、ある夏の思い出。
チリリン・チリリンと鳴るドアベルの音を追いかけるように「お早うございま~す」と、野菜売りのおばさんの声。台所にいた妻が、すかさず「ハ~イ」と応えて、パタパタパタと廊下を小走りに走ります。いつもの我が家のドラマの始まりです。
今朝も小柄で陽気な野菜売りのおばさんが、自分の畑で育てた旬の野菜をリヤカーに積んで、1人で引いてきてくれました。近くに八百屋さんがないので大助かりです。昨日会ったばかりなのに、野菜売りのおばさんと妻は、積もる話でもあるのか、リヤカーを間に挟んでのおしゃべりが楽しげに弾んでいます。その笑い声に惹かれて私もリヤカーに近づくと「あら、旦那さん。お早うございます。今日も絶好調ですよね。」と、私のセリフを先取りして言ってくれたおばさんは「旦那さん、葉生姜ありますよ。うす切りにして味噌漬けにすれば、お昼には食べられますよ。さっぱりしておいしいから。鉄分もあるからさ。」と思いやりと笑顔がタッグを組んで漕ぎ三与久開店するのに感心していると、「ところで旦那さん。お宅の人数は何人です?」とおばさんが聞いてきます。私は「夫婦と娘の3人ですが。」と答えると、エプロンのポケットから取り出した赤い表紙の手帳に何やらメモをしているので、「おばさん、どうしたの。」と聞くと、「今年はおいしいトウモロコシがたくさんできたもんだから、日頃お世話になっている町内のお得意さんに1人1本ずつプレゼントしたいと思ってね。それで人数を聞いたんです。明日、トウモロコシ持ってきます。」
翌朝、チリリン・チリリンドアベルが鳴り、「お早うございま~す。」と張りのある野菜売りのおばさんの声。「旦那さん、約束のトウモロコシ持ってきたんよ。」と言いながら、リヤカーに積んできた大きな竹籠の中を探していましたが、やがて「ありました、ありましたよ。」と額の汗を拭きながらの、おばさんの声。手渡されたビニールの袋には、何と黒色のマジックペンで「キリスト」と書かれていました。「おばさん、私はキリストじゃないよ。」と言うと、「佐藤さんはこの辺りには多いもんですから、キリストと書いておけば間違いっこないからね。」と、明解国語辞典。そういうことだったのかと納得してビニールの袋の中を見ると、トウモロコシが4本見えたので「おばさん、うちは3人家族だから1本多いよ。」と言うと、「なんの、なんの。間違いじゃないよ。お宅にはキリストさまがいらっしゃるでしょうか。1本はキリストさまと一緒に召し上がれ。」と言ってくれた、おばさんの笑顔がうれしい。それまで、私の家族は3人とばかり思っていましたが「お宅には、キリストさまがいらっしゃるでしょう。」の、野菜売りのおばさんの声に、主はいつも共におられることを気付かされた次第でした。
「おばさん、今日はトウモロコシをありがとう。」「なんも、なんも。こちらこそさ。明日またきます」とおたがいの感謝の言葉が行き交います。野菜を乗せたリヤカーの重みを残しながら、1歩ずつ、ゆっくりゆっくり前へ進んでいくおばさんを町角に見えなくなるまで見送りながら「主がその手をとらえていてくださる。」(詩編37編24節)の思いが、からだいっぱいに広がってまいりました。
元東北教区主教 主教 ヨハネ 佐藤 忠男
「小名浜に遣わされて」2015年11月号
4月1日より越山健蔵司祭の指導の下、小名浜聖テモテ教会と聖テモテ支援センターの働きに従事して、半年が過ぎようとしています。これまでの多くのスタッフ・ボランティアによって培われた信頼関係を引き継ぎ、原発避難地域からいわき市の応急仮設住宅団地に住まわれている方々との交わりをいただいています。
富岡町からの泉玉露仮設・大熊町からの渡辺町昼野仮設の両集会所で、週に2回ずつ「ほっこりカフェ」(下写真)を開催しています。先日は、警察官がカフェに来訪し、大熊町をパトロールした際のビデオを上映してくれました。これは仮設在住の避難者の要望に応えて、未だ高線量で一時帰宅もままならない元の家がどんな風になっているか、画面からだけでも見てもらおうとの活動でした。
変わり果てた思い出の我が家を目の当たりにし、「帰りたい…!」と号泣される姿に、私も警察官も涙を禁じえませんでした。ところがレンズが振られたとき、驚きの光景が拡がりました。そこに映ったのは、通常の制服姿で何の放射線防護もしていない(花粉用マスクですら!)20歳代前半の警察官の姿でした。
我が家を一目見たいと依頼した方も、孫と同年代の若者が福島第一原発のそばで無防備で立ち歩いている姿に呆然としておられましたが、後悔の念が沸き起こったと後日伺いました。
私は脇へ警察官を連れて行き、風邪を引いた振りでもいいからパトロールの際は自分を守るべきだと言いましたが、言葉にしづらい事情があるのでしょう、黙って首を振るだけでした。このように、今も安全神話がはびこり、多くの人の身体と心を傷つけ続けている現実があります。
大震災から4年半を経た今、仮設団地は転出のピークを迎えています。いわき市内の造成地を買い求め、自宅を建てることが出来た方が、次々と仮設を後にしていきます。残されているのは、経済的・健康的・年齢的・家族的に余裕がなかったり事情が許さなかったりして、復興公営住宅が建設されるのを待っている方々です。工事は遅々として進まず、更に2年間はプレハブ暮らしを強いられると思います。気が滅入り、部屋に閉じこもってしまわないよう、近隣の気の合う仲間とコーヒーを飲んでほっこりしていただけるならば幸いです。私は時が経つにつれカフェのニーズは減っていくどころか、逆に増していくと考えています。復興公営住宅での孤立の問題も深刻です。
困難な状況に置かれた方々の背後に、いやその方々の姿に、十字架の主イエスが私には見えます。この困難と悲しみのただ中で既に働いておられる主イエスに従うことが、信仰者のありようだと考えています。福島県から遠くなるほど、生の声はますます届かなくなっているのではないでしょうか。国や原発でまだ儲けたい人たちは、もう終わったことにしたいのでしょうが、そうはいきません。私たち信仰者は、聖餐式に示されるように、繰り返し思い起こし連帯することが得意なはずです。皆様、ぜひ小名浜をお訪ねください。この地を共に巡りながら、私たちに先立って働かれる主といっしょに歩かせていただきたいと願っています。
執事 バルナバ 岸本 望
「タオ=道=ホドス」2017年11月号
還暦を迎える8月、中学同期会が催されて祝いました。成人式以来40年ぶりの再会で、何か気恥ずかしい心持ちも働いて、十分に会話を楽しむどころではなかった次第でした。
恩師は86歳の男先生一人だけの出席でしたが、先生は「長生久視」の文字を書にし、コピーして全員に配られました。祝辞の中で「今、社会で中心的に働いている皆さん、これからが長い人生です。80、100歳と長命で活躍してほしい」と驚きのお言葉が述べられました。
間もなく、高齢者の仲間入りをする私たちに向かって、長寿でいろよと、先生らしく発破を掛けて応援されたのだと、ここはお元気な見本的な方の温かなお気持ちを感謝して受け止めました。
「長生久視」は、老子の論語59章にある言葉です。老子はおよそ2500年前、中国古代を代表する偉大な思想家で「道(中国語でタオ)」を説かれた方です。老子「道徳経」(道=タオ、と徳=テーを説き、いわゆる「どうとく」ではない)の中にあるくだりを、加島祥造著「タオー老子」から現代語訳された、第50章の文章を引用します。人は生まれて、生き、死んで、去ってゆく。
30の年までは柔らかで若くて生命の仲間だといえる。60をすぎてからの30年は こわばって老いて 死に近づいてゆく。このふたつの30の間の壮年期の30年は、まあ、しきりに動きまわって、どんどん 固いものに近づいてゆく期間だよ。
どうしてこんなサイクルになるかって? それはね、ひとが 生きるための競争に こだわりすぎるからだよ。
私の残りこれからは、こわばって老いて死に近づいてゆく訳です。しかしです、私は何としてもこわばらずに老いたいのです。
その答はこう。
なにを失い、なにを亡くすかだって? 静けさと平和さ。このふたつを得るには、いま自分の持つものに満足することさ。人になにかを求めないで、これでまあ充分だと思う人は、ゆったり世の中を眺めて、自分の人生を長く保ってゆけるのさ。(44章)
まあ充分かなの余裕、ゆったりの心境を保って人生を長く生きたいものです。
「わたしは道(ギリシャ語で『ホドス』)である」とご自身を証すイエスさま。道路である俺を踏みつけて歩け、ということではないでしょう。道はどこかへと通じており、その行き着く先が見据えられている筈です。それはパラダイスです。「あなたは今日私と一緒に楽園にいる」(ルカ伝23章)と、イエスさまの十字架の左手に磔にされた犯罪人に語りかけられた言葉は、ほんとうの幸せを、私たちに強烈に教えてくれるものです。
イエスさまは、私たちが幸せに生きるにはどう歩んだらよいのかを分からせてくださる方です。幸せへの道しるべ、また幸せへの導き(=道引き)手です。幸せになるための要素は、すなわち、いのちを大事にすること、あなたを大事にすることです。それが自分のいのちも大事にされることにもなります。それ故、イエスさまには神の愛と慈しみ、恵みが満ちみちておられる方であると知るのです。
私は、何から何までも主にお任せした、おっとり老人にしぼんでいければなあ、と思う昨今なのです。
司祭 フランシス 長谷川 清純
あけぼの巻頭言11月号
あけぼの2019年10月号
巻頭言「敵意という隔ての壁を取り壊す方=イエス」
主の平和が皆さんと共にありますように。
近頃、私は耳が遠くなって不自由しています。「えっえっ」と聞き返す場面が多くなって迷惑な話です。という訳で、「障害」という言葉を調べますと、「障害」と書くようになったのは1947年制定の当用漢字表からでした。戦前は「障碍=障礙」と表記しました。「碍=礙」の意味は「さしつかえる」で、「何かことを行うときにさしつかえる」ということです。「碍」は「礙」の簡略形で、「人が顧みて立ち止まり、凝視する形」を意味します。人生や社会が進んで行こうとするとき「何か」があり災いをもたらしていますが、その何かの前で人は立ち止まり、じーっと凝視して見る、のが「障碍」の本来の意味です。従って「障碍」には深い考察が内在しており、人にとって大切なものを伝えている漢字なのです。
「害」とは、ものごとを傷つける漢字なので、他に対して危害を加えるとなり、「障害」には偏見の目が隠れています。役に立つ・立たない、優勢・劣勢等の見方を生じさせる訳です。簡単に二者に分ける、分裂・分断させるのです。旧優生保護法や、らい予防法は著しき人権侵害、人間の尊厳を踏みにじるもの、差別を助長するものでした。今日ではこれらの法律の誤りが正され、一応反省とお詫びがなされました。
私は、「ひかりおもちゃ図書館」でノーマライゼーションやスペシャルオリンピックスに接して喜びを覚えました。仙台基督教会2階で開く、みやぎ青少年トータルサポートセンター主催自己表現コンサートで、青年たちの活き活きした姿に励まされています。7月の参議院選挙で重度の障碍をお持ちの方2名が当選し、早速バリアフリー化が実行され国会に変化を起こしています。
私たちは、意図せず分断社会に組み込まれてしまっています。ですから、私たちは神の国実現に進もうとしているときに、「さしつかえているのは何か」をじっくりと黙想するのです。その際、わたしたちに与えられているのは「キリストの十字架」です。「御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊された(エフェソ2:14)」十字架のキリストが、わたしたちに今立ちはだかっている壁の正体を明らかにします。私たちが自身で作り上げてしまっているかもしれない壁の前で、作り上げていること自体の誤りの赦しを乞うとき、和解が始まるでしょう。和解は、十字架を通して確かになされるのですから、そこに私たちの希望もあります。和解の道は決して平坦ではありませんが、キリストによって一つの霊に結び合わされることにおいて、平和へと歩んでいけます(エフェソ2:15~18)。私はそう信じています。
イエスは、人々と共に食事を取ることにおいて繋がり→救いをもたらしました。あなたが食事に招く人たちは、「貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人たち、弱っている人たち、傷ついている人たち」です。小さい行い、わずかな光かもしれませんが、そこに恵みが確かにあって、そこから分断を乗り越える和解が始まり、平和へ通じるものと信じています。
皆さんに神様の御祝福がありますように。アーメン
司祭 フランシス 長谷川 清純(仙台基督教会牧師)
あけぼの2021年8月号
巻頭言 東北の信徒への手紙 「マグロの赤字」
そこには、酸いぶどう酒を満たした器が置いてあった。人々は、このぶどう酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口もとに差し出した。イエスは、このぶどう酒を受け取ると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。(ヨハネ19:29-30)
「損をして得取れ」ということわざがあります。一時的には損をしても、将来的に大きな利益となって返ってくるように考えなさい、という意味です。日本中、どこのお寿司屋さんに入っても、必ず置いてあるネタはマグロの赤身です。ネタ切れでない限り、食べられないということはないでしょう。実際に、他のネタが無い場合は仕方ないと受け入れられても、マグロのないお寿司屋さんはあまり想像できないものです。しかし、どのお寿司屋さんでも原価率を考えた場合、売れれば売れるほど赤字になることが多いのもこのマグロであると言われています。お店の顔でもあるマグロはケチな仕入れなどできず、また、多くのお客さんが食べることから、値段も上げにくいのです。結果、お寿司屋さんは赤字のマグロを出し続け、他のネタで利益を生み出していくのです。
イエスさまの生き方を見ますと、決して器用な生き方をされていないことがわかります。もっとわがままに、損得を意識されて、ご自分のことを優先されたらと思うのですが、むしろ、周りからの批判や迫害を一手に引き受け、挙げ句の果てには、十字架の死をすべての人々のために担われ、一番大きな「命」をも、失われます。しかし、その損失ばかりの地上での歩みには、神様の壮大なご計画である人類の救済という豊かで大きな恵みが結び付けられています。
教会にとって、損とはなんでしょうか。教会の財源が減ってしまうようなことを言うのでしょうか。得とはなんでしょうか。教会に人があふれるような事態を言うのでしょうか。損とか得などとそんな世俗的な考えはキリスト教の信仰にそもそもふさわしくないとお考えになられる方も少なくはないと思います。しかし、どこの教会も、教区も現実的な問題として、こうしたことは、無視できない状況にあることは確かです。ただ、損なことにしても得なことにしても、大切なのは、それが神様の御心にかなっているかどうかということなのです。もう少し具体的に言いますと、目先の得に捉われて、10年、20年先の教会の維持を見られていますか、ということです。
現在、東北教区は十和田湖畔の国立公園にあるヴァイアル山荘の建て替えという大きなプロジェクトを進めています。今、この財政難で先行きの見えない大変な時期に、これは、傍目から見ると、無理をしているとしか思えないようなプロジェクトです。しかし、東北教区は、一見赤字を抱えそうなこのプロジェクトに豊かな、恵みと希望であふれている未来を見ています。
時間と力と知恵を注ぎ、常に神様の御心を求め、100年以上も紡がれてきたこの歴史的財産の中に、神様の栄光が現されることを信じて疑わないのです。
苦しい今この時だからこそ悲観せず、前向きに将来に目を向け、苦しい逆境の中で10年先とは言わず、100年先のための宣教の種を今、一緒に蒔いてまいりたいと思います。
八戸聖ルカ教会 副牧師 司祭 テモテ 遠藤 洋介
あけぼの2023年10月号
巻頭言 東北教区の信徒への手紙 「安心しなさい。わたしだ。~主を見つめて」
この世の組織やご家庭、個人の人生はしばしば船や船旅にたとえられます。船は力を合わせ、同じ方を向いて漕ぐと前へ前へと進みます。そうしないと船はやがて沈んでしまいます。教会もまぎれもなくこの世をひたすら進む救いの箱舟です。目的地は「天の国」に他なりません。そして今その船に「漕ぎ悩む」という状況が起こっています。教役者と信徒、そして教会に連なる全ての人々がともに「今できることをしましょう」と力を合わせ、一生懸に命漕ぎ続けていますが中々進みません。教会はいつの時代も思い悩んで進み、それが教会の宿命なのかとさえ感じるのですが、この状況は主イエスと実際に歩んだ弟子たちも経験したことだと気づきます。それはマタイによる福音書の14章22節以下の「湖の上を歩く」主イエスの話に見られます。
この話は当時の教会の姿が重ねられていると解釈されています。ガリラヤ湖に漕ぎ出した舟は、誕生したての教会を表し、主は「強いて」弟子たちを舟に乗せ、自分は舟に乗らず彼らを先に行かせました。このことは、弟子たちがそれまで主とずっと一緒だったのに、主は、あれよあれよという間に、十字架につけられてしまい目に見える主がおられなくなったことを示していると解釈されます。弟子たちは復活の主との出会いがあったとはいえ、大きな恐れと不安を抱えました。主の姿の見えない中、教会という船を漕ぎ出したのですが、なかなか前へ進みません。逆風が吹き、波が行く手をさえぎります。この様子は、当時の教会に対する迫害や内部の問題と捉えられます。そこに湖上を歩いて主が船に近づかれ、弟子たちは恐れおののきますが、主は「安心しなさい。私だ。」と言われます。ペトロは自分も主に近づこうとして湖上を歩き始めますが、周りの状況に心が奪われ主から目をそらした瞬間溺れそうになります。主はペトロに「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」わたしは共にいるではないかと叱咤し、主は一緒に舟に乗り込むと、風も波も静まり舟はまた進み始めたという話です。ここに普遍的な真理と私たちの教会に対するメッセージがあります。
私たちも使命を果たすために、一生懸命に舟を漕ぐ中、目に見える姿の主イエスはおられません。この世の荒波がもろに教会に吹き付けます。教会の中にも科学万能、合理主義、経済優先の考えが求められることもしばしばですが、舟の前に立っておられる主イエスから決して目を逸らさぬようにしなければなりません
とはいえ私たちは、どうしようもない弱さを持っていて、神さまを試みてしまったり、疑ってしまうことさえあります。頭で理解しつつも、決断を迫られる時ほど、不安や新しいことへの恐怖からか、心配を先取りし、神さまへの信頼を見失ってしまいがちになってしまいます。主は、そのような私たちに「信仰の薄い者よ」と言いながらも、溺れそうになる私たちを、捕まえてくださいます。私たちにできることは、まず今こそ「ほんとうに、あなたこそ神の子です」という信仰を確かめ、心から礼拝を懸命に捧げることだと思うのです。主イエスから目を逸らさずに、開き、ささげ、勇気と希望をいだき前に進んでまいりましょう。
郡山聖ペテロ聖パウロ教会 牧師 司祭 ヤコブ 林 国秀
「競争」2015年12月号
10月某日、晴れ渡る秋空の下で、私は聖クリストファ幼稚園の運動会にお手伝いとして参加させて頂きました。かわいらしいダンスや、玉転がしや玉入れ、そして駆けっこやリレー、その他様々な「競争」がそこでは行われました。それら全てに小さな子どもたちが、本当に一生懸命に取り組んでいて、見ているこちらが元気づけられる思いでした。そして運動会は、そんな子どもたちの姿や笑顔があふれながら進んで行ったのですが、その内のある「競争」の中で、私は子どもたちの中に神様からのメッセージを見ることが出来たのです。
その競技は、二つのチームで、荷物を引きながら競争をするというものだったのでした。そしてその競技中に、片方のチームの子どもが荷物を落としてしまう出来事があったのです。普通ならこれは、もう片方のチームにとって、相手を大きくリードするチャンスです。相手チームが手間取っている間にどんどん進むべきですし、それが常識です。
しかしそのときに、リードできるチャンスのチームの子どもは、全く前に進もうとはしませんでした。周りからも「先に行っていいんだよ~」「進んで進んで~」と声が上がります。私も思わず「はやく行けば良いのに!」と思ってしまいました。しかしその子どもは、相手の子が自分と同じ所にくるまで待っていました。そして同じ所にやって来た瞬間に、自分も全力で一緒に走り出したのです。私はこの光景を目にしたときに、これこそが聖書において言われる「競争」のあるべき姿なのだと思ったのです。
聖書において出てくる「競争」という言葉、例えばヘブライ人への手紙12章1節に登場するこの言葉は、中々理解が出来ない言葉として私は認識していました。「何故聖書において、人と競い合うようなことを言うのだろう、単純に走ると言えばいいじゃないか」そう思っていました。しかし運動会での出来事を受けて、改めて「競争」という言葉を辞書で引くと。そこには一般的に認識されている、「他者と競い合い、様々な手段を使い、その人よりも上に行くように行動すること」といった意味の他に、「同じ目的・目標に向かい、互いに高めあいながらその目的・目標に進んで行くこと」というものがありました。そしてその注釈には、「現代の競争という言葉のイメージは、経済発展や近代化、学歴競争などに伴い闘争と似たような概念になってしまっている」とも書かれていたのです。
私はなるほどと思いました。今現在の私たちを取り巻く世界は、国も個人もあるいは教会すら、「闘争」ばかりをしているのだと。本当は同じ目標に向かっているはずなのに、自分たちだけが少しでも上に・前に行こうとして「闘争」を起こしている。それが「普通」になってしまっているのだと。
だからこそ私たちには、運動会で相手の子を待ってあげていた子どもが示した「競争」こそが、大切なのです。私たちは同じ目標である「神の国と復活」を目指し、自分だけではなく、相手も一緒にその目標へと至れるように「競争」をしていくことが必要なのです。そして教会は世界に「闘争」ではなく、「競争」をしてもらうために働くべきなのだ。運動会での子どもたちの姿を通して、そう強く感じました。
聖職候補生 パウロ 渡部 拓