教区報

教区報「あけぼの」巻頭言 - 東北の信徒への手紙の記事

「祝福されている私たち」2017年8月号

「主教は次の言葉を用いて会衆を祝福する。」と、聖餐式の最後の祝福の祈りの前に小さく記されているのを皆さんは意識されたことがあるでしょうか。

 

昨年2016年10月に東北教区と親しき交わりにあります米国聖公会ルイジアナ教区主教モーリス・K・トンプソンJr.師父が東北教区を訪問されました。トンプソン主教は限られた滞在期間の中でありながらも仙台基督教会でのメッセージ、講演、そして東日本大震災の被災地も訪問されました。そして10月16日の主日は、八戸聖ルカ教秋宣教120周年記念礼拝にご臨席頂きました。トンプソン主教は、聖餐式の陪餐の時に未信徒の方やまだ堅信を受けていない信徒一人一人の頭に手を置いて祝福をしてくださいました。記念礼拝の後の祝賀会のご挨拶で「今日の礼拝では主教職にとって最も大切なご奉仕をさせて頂く恵みが与えられ感謝します」と述べられました。私は大変印象的なお言葉として心に残りました。また、今年6月11日には加藤博道主教が八戸聖ルカ教会を教区主教として最後の巡回で、聖餐式の司式と説教をしてくださいました。

 

そして加藤主教も陪餐の時に子どもたちや未信徒の方々に祝福をしてくださいました。

 

私は両主教が「祝福」をしているお姿にとても感激をしました。礼拝の中における「祝福」という行為は、イエス様からの私たちへの大きな恵みであると心から実感いたしました。皆さんも思い浮かべてください。礼拝や諸行事、会議等で教区主教が臨席されている時は会の最後は主教様の祝福の祈りによって終わることが多いと思います。

 

主教の祝福に関してのエピソードをいくつか紹介します。

 

ある主教様は息子さんからの電話があると必ず電話の最後に祝福をしてくださったそうです。またある主教様はご高齢で体のお具合が悪く療養されながら礼拝に出席をされていましたが、祝福の祈りをされる時は、大変力強く張りのあるお声で会衆を祝福されました。またある主教様は病床にあっても看病する家族にベッドから祝福をして下さったというお話しも伺ったことがあります。

 

主イエス様は復活された後、天に昇られる時に手を上げて祝福されました。そしてこう言われました。「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがと共にいる。」(マタイによる福音書28:20)

 

祝福の祈りを頂くごとに私たちは主の祝福の内に生かされていることを思い出したいと思うのです。喜びの時や嬉しい時だけではなく、むしろ悲しみや辛いとき助けて欲しいときこそ「大丈夫、私があなたと共にいる」という確信を私たちは祝福を頂く事によって得ることが出来るのです。

 

東北教区が抱える様々な課題、そして皆さんお一人お一人の思いは様々だと思います。しかし、どんな状況であったとしても私たちは祝福され続けていることを覚えましょう。

 

そして、わたしたちに主の祝福を祈り、私たちの教区を導いてご一緒に共働してくださる次期東北教区主教を選出することが出来ますように、祈り行動して参りましょう。

司祭 ステパノ 越山 哲也

「日々の中に・・・・」2017年7月号

朝玄関で「おはようございます!」と声をかけ、小さな声で「おはようございます」と答える子と握手する。午後は卒園児が「ただいま!」と幼稚園にやって来て、「お帰り!」と迎える。これがセントポール幼稚園の毎日で、笑顔溢れる毎日です。

 

朝、礼拝堂でのお祈り後、教会の周りを散歩。沢山の出会い――犬を連れて散歩されている方、歩行の訓練をされている方、ごみ収集所でほうきをもって立っている方、お庭のお花にお水をかけている方、学校へと急ぐ学生たち――声をかけ、声をかけられながら。

 

最近は近くのコンビニの方々から、「今日も早いね、行ってらっしゃい!」と声をかけられる様になりました。秋田出身と伝えたら、「秋田名物八森はたはた~」とレジの前で秋田音頭を歌ってくれました。また、文の最後に「~ばい」を付ける郡山弁を教えて頂いた。「今日は寒いばい!」と慣れない言葉で伝えた時の相手の笑顔が心に残ります。寒い日には「持ってって!」とあったかいコーヒーを渡され、その温もりに「せば、まんず!」と秋田弁で照れ隠しをする自分がいます。

 

これが日常、郡山での毎日です。日の光を浴び、風を感じ、道端の花を愛でるように、わたしにとっては尊く、何ものにもかえがたい宝物です。

 

ただ、ただ、毎日を生きる。日々の生活をし、交わり、季節を感じ、それを愛で、感謝し、生きている、いいえ、生かされている。

 

わたしは、言葉に言い表せない思いで溢れています。心からの感謝と共に、その毎日を笑顔と一緒に大切に歩んでゆきたいと願います。

 

人は歩みの中で、足りないことや出来ないことを気にしがちです。でも、じっくりとゆっくり見渡せば、既に与えられている恵みが沢山あると思うのです。

 

自分にないものを考えたらきりがありません。でも、与えられていることに思いを巡らし、感謝し、それから学ぶことの尊さを思います。

 

わたしがここ、郡山に来た時は緊張・戸惑い・不安で一杯でした。でも、「そのままでいいからね。いてくれるだけでいいんです。」という言葉、体調を崩した自分にご飯を届けてくれた、命の尊さをご自身の想いを短い言葉で伝え励ましてくれた、その一つひとつの温もりが自分に新たな歩みを始めるきっかけをくれました。

 

私は神様のみ前にいること、教会にいること、そして自分の首にカラーを付けることにおそれを感じます。自分を律し、願い求め、神様の御前に清くありたいと思いながらも、これほど破れがある自分が許せない・・・。それを「そのままで」という言葉が、沢山の想いが、祈りが、そして笑顔が自分を救い、支えてくれています。

 

多分、聖書の中のみ言葉から皆様にお伝えすることが今回の私に求められていることでしょう。でも、わたしは日々の生活の中に、毎日の営みの中、その只中に、み言葉、そして日々の出会いの中に“主”を感じていることをお伝えしたいと思います。

 

また明日、礼拝堂でお祈りをお捧げします。教会の周りを散歩します。あのご婦人に会えるかな? あのワンちゃんは元気かな? あのほうきを持って立っているおじさんはいるのでしょうか? 今日は、あの子は泣かないかな? 幼稚園の先生たちは元気かな? 教会に集う皆さんは元気かな? 日曜日のお話し、全身全霊をかけて取り組みます。いつものコンビニでの笑顔と会話、全部楽しみです。

 

すべてに感謝します、心から。

 

主に感謝。

 

執事 アタナシウス 佐々木 康一郎

「十字架の道と断食のこと」2017年6月号

今年も聖金曜日の正午から、「十字架の道行」の祈りを行ないました。イエス様が十字架を背負って歩かれた道での出来事は、長い歴史の中で伝説が生まれ、脚色されたものが多々あるのですが、黙想のために用意されたテキストがよく出来ています。一つ一つの言葉が、深い洞察に導かれていて、魂を洗われる思いがします。

 

エルサレムに行きますと城壁に囲まれた旧市街(Old city)があります。その旧市街の中にヴィア・ドロローサVia Dolorosa(ラテン語:悲しみの道)とかヴィア・クルキス(Via crucis 十字架の道)と呼ばれる道があります。北東側のイスラム教徒が住んでいるライオン門付近から、ゴルゴダの丘に建てられた聖墳墓教会まで、道筋の14か所には留(ステーションstation)があります。いわく〈ピラトに裁かれた場所〉〈鞭打たれ十字架を背負った場所〉〈クレネのシモンに助けられた場所〉等々と、エピソードを伝えています。

 

エルサレムは石で出来ていますから、家を建てるときには、崩れた石の上に建てます。時代が過ぎるとまたその石の上に家が建てられますから、実際にイエス様が歩かれた道ははるか地下にあり、発掘されています。現代の道は実際に歩かれた道とはまったく違うのですが、巡礼で訪れる人々が十字架を背負って祈りながら歩いています。

 

エルサレムの神学校に行った際、コースの終わる頃「考古学的には根拠は無いけれど、私たちも十字架を背負って歩いてみよう!」と先生に言われ、歩いたのですが、何とも言えない複雑な気持ちを味わいました。皆が見ている中で十字架を背負って歩くのは、勇気がいるものです。気恥ずかしくて、決して単に肉体の痛みだけではなかったんだと気付かされました。

エルサレムまで行くのは難しいので、このような十字架の道が教会や修道院の境内に造られています。郷里の山梨県の清里聖アンデレ教会から清里聖ルカ診療所まで十字架の道があって、各留毎に小さな聖像が飾られていました。

 

東北教区の中にも、どこかにこのような十字架の道があったらいいのにと思います。

 

さて、聖金曜日は断食日ですから空腹に耐えながら、イエス様の苦しみとはまるで違うけれど、わずかばかり体でも十字架の苦しみに思いを寄せることができ感謝です。

 

英語で朝食をbreakfastと言い、その語源は「断食(fast)を破る(break)」というのです。断食明けの朝に胃の負担を考えて、お粥をいただくとき、何千年も続く諸先達の慣れ親しんだこの習慣に、私もつながっていることをしみじみ思います。

 

何の道具もいらない場所も選ばない、こんな簡単な方法の効果が絶大であることを、先人は身を持って体験したのでしょう。断食の時を過ごす度に、私たちが何のために生きているのかを考えさせられ、大事なものを見失わないように教えてくれます。

 

日本ではまだあまり知られていませんが、断食の健康への効果もいろいろな場面で語られています。絶食療法を科学的に検証した「絶食療法の科学」というフランスで製作された番組が、日本でもテレビで紹介されました。医師の指導の下でこの療法を用いることにより、実際に効果がある症例もあるようです。

 

司祭 フランシス 中山 茂

「安心しなさい」2017年5月号

マタイによる福音書14章24節に「舟は既に陸から何スタディオンか離れており、逆風のために波に悩まされていた」と書かれています。しかし、弟子たちは、このような苦難の中から再び主の新しい姿を眺めることができる栄光に与るようになります。その栄光とは、苦難の中で主に出会うことです。

 

私たちの人生の道には苦難があります。たとえその道が、主が喜ばれる道であり、主が命じられた道であっても苦難が伴います。それゆえに、イエスは、「あなたは、世界の中で苦難にあっても勇気を出しなさい」と言われたのです。しかし、主は、私たちの苦難を無視していないし、苦難の中で、私たちと一緒におられます。その苦難の中で、私たちを救ってくださいます。

 

パン5つと魚2匹の奇跡が起きると、多くの群衆は確かにこの人こそ、自分たちが望むメシアと言いました。そして、彼らはイエスを自分たちのそばに置いて無理にでも彼らの王にしようしたのです。イエスは、このような彼らの行動から逃れようと、弟子たちに船に乗って、自分よりも先に、湖の向こう側に行くように命じられました。

 

主はどのような場合にも、栄光を取られませんでした。その方は、徹底的に自分を低くし、父を高くしました。イエスは、「わたしが父にお願いできないとでも思うのか。お願いすれば、父は十二軍団以上の天使を今すぐ送ってくださるであろう。」(マタイ26:53)としながらも、自ら苦難の杯を飲みました。

 

 
イエスは、問題があるたびに祈りました。主はサタンの誘惑に勝つために祈りました。主は明らかに神でしたが、しかし、人の姿でこの世に来られたので、サタンの誘惑に勝つためには祈りが必要でした。主の命令によって船に乗った、弟子たちは、すでに陸地から遠く離れた湖の中にいました。ところが、突然風が吹き始めました。彼らは風によって多くの苦しみを受けていました。真っ暗な夜中です。夜は霊的な闇の状況を意味します。

 

私たちは、このような霊的な暗闇の力にとらわれないために、主の光を私たちの人生の道に照らす必要があります。「あなたのみ言葉は、わたしの道の光 わたしの歩みを照らす灯。」(詩篇119:105)風が吹いてきて、波がおこった。これは、苦難にあう人生を語っています。湖の真ん中で暗に会ったのです。

 

人間の力ではどうしようもない状況に陥り必死な彼らに近づいて主は「安心しなさい」と言われまし。私たちは、どのような苦難にも「安心しなさい」という主の声を聞いて、あわてず、心の平安を求めなければなりません。安心という言葉は、「勇気」を持てという意味です。次に、「恐れることはない」と言われました。この言葉は、「どのような場合にも、主があなたと一緒におられる、勇気を出しなさい 」ということです。

 

今、私たちの教区に最も必要な言葉は、「安心しなさい、私はあなたと一緒にいる」という主の声を聞いて、主と共に行動することです。どんな困難があっても、主は、東北教区と一緒にいらっしゃいます。

 

東北教区の皆さん、主と共に行きましょう!!!

司祭 ドミニコ 李 贊熙

「常識に囚われずに・・・」2016年12月号

聖公会神学院の神学生3年次、夏季実習で3週間、韓国ソウルを訪れることになりました。しかし、出国直前になっても、3週間の実習がどんなプログラムで進行するのか、先方からの連絡はありません。それどころか、そもそも私たち神学生4人が金浦空港に到着したとき、誰かが迎えに来てくれるのかさえわかりません。若干の(かなりの?)不安を抱えつつ成田を飛び立ち、金浦空港に降り立ったとき、迎えに来てくれた方がいたことがどれだけ嬉しかったことか!後日「韓国では親しい友を迎えるとき、前もって予定を伝えるなんてことはしないのさ。なぜって、親が死んだとき以外はどんな予定が入っていても相手につきあうのが親愛の情の証だからね」と教わりました。

 
それだけではありません。食事の時、日本では大皿や鍋から自らの皿に取り分けるのが礼儀ですが、韓国ではそれは「あなたと同じ皿(鍋)からは食べられない」という意思表示なるとのこと。日本ではご飯茶碗は手に持つのが行儀のいい食べ方ですが、韓国ではテーブルに置いたままが普通(持とうと思っても金属製の茶碗は熱くて持てません!)など、日本での常識が韓国ではそうでない経験を幾つもしました。

 
実は、国や文化が変われば常識が非常識になる例は、他にもあることに気づかされます。日本では何かをもらったら「ありがとう」というのが常識ですが、中国では仲が良ければよいほどお礼は言わないのだそうです。お礼を言われたらよそよそしい、自分たちは仲がいいはずじゃなかったのかと。日本人の親は「人に迷惑をかけないように」と教えますが、インドでは「あなたは人に迷惑をかけて生きているのだから、人のことも許してあげなさい」と教えるのだそうです。

 
さて、福音記者ヨハネは、「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった」と、神という存在を「言」として表現していますが、これは私たちにとっての常識です。神という存在を「言」としたのは、言葉は一旦人の口から離れると受け手次第、発話者の思い通りに相手に届くとは限らず、自らの思いとは真逆に受けとめられることさえある。すなわち言葉には言霊とも言われるように霊が宿っているのだという当時のギリシアの価値観に着目した福音記者が、神の超越性を伝えるには、神を「言」と表現するのが相応しいと考えたという説を読んだことがあります。しかし、この箇所のごく初期に翻訳された日本語訳は、「ハジマリニ カシコイモノゴザル。コノカシコイモノ ゴクラクトモニゴザル。」(ギュツラフ訳)となっています。日本人に神の存在の偉大さを伝えるためには、「カシコイモノ」「ゴクラク」が相応しいのだという発想をそこに見てとることができます。そこには常識には囚われない、しかし神という存在を伝えたい!という情熱を感じられるのではないでしょうか。

 
彼の有名なアインシュタインも「常識とは18歳までに培った偏見のコレクションである」と言ったそうですが、確かに常識が壁となってヤル気を挫かれたり、容易に諦めたりすることにつながることを思うとき、アインシュタインの言葉は的を射た表現なのかも知れません。%e3%81%82%e3%81%91%e3%81%bc%e3%81%ae%ef%bc%91%ef%bc%92%e6%9c%88%e5%8f%b7%ef%bc%91%e3%83%9a%e3%83%bc%e3%82%b8%e3%82%a4%e3%83%a9%e3%82%b9%e3%83%88

神という根っこにしっかりとつながりつつ、しかしだからこそ、枝は、葉は、大胆に空に向かって伸ばしていける一人ひとりでありたい、そう思います。

 

司祭 ヨハネ 八木 正言